校 長 挨 拶

香川県立農業経営高等学校



校長  溝渕 祥民 みぞぶち よしたみ

 本校は、今から遡ること95年前の大正4(1915)年、時の大正天皇即位の大嘗祭に際し、香川県が主基の地に点定されて綾歌郡山田村に斎田が設定された光栄を永久に記念しようとする世論の要望から、綾歌郡立主基農林学校として創設されました。ちなみに、「主基」という校名は、特に宮内省の認許を経て付されたもので、全国的にも稀有の由縁をもつものでした。
 大正11(1922)年には、県立に移管して香川県立主基農業学校となり、戦後の学制改革では、昭和23(1948)年から新制高等学校として香川県立主基高等学校へと変遷しました。さらに、昭和43(1968)年からは、文部省より自営者養成農業高等学校としての指定を受け、校名を香川県立農業経営高等学校と改称し、今日に至るまで12,800余名の有為の人材を社会に輩出してきました。
 現在では、四国で唯一の文部科学省指定による「農業経営者育成高等学校」として、普通教育・農業教育・寮教育を三本の柱とし、生きがいのもてる明るく楽しい学校づくりに努めています。そして、誠実で、勤労と責任を重んじ、柔軟な思考力を持ち、農業と地域社会を愛することのできる人間性豊かな人物を養成することを教育方針としています。
 本校では、引き続き、このような教育方針のもと、今後とも、伝教大師最澄の『山家学生式』の一節より、各自の受け持つ分野で誠心誠意励むことを意味する「照于一隅」を校訓としながら、生徒諸君には「当たり前のことが当たり前にできる」こと、具体的には「目標をもって活動する・規則を守る・礼儀正しくする」ことの三項目の実践を求めていくこととしています。
 平成21年度においても、県教育委員会より、特色ある高校づくりのための学校独自プランとして「農業経営高等学校地域活性化プロジェクト」が採択され、これに取り組んできました。また、「農経高校アクションプラン」を策定し、その実践に努めてきたところです。本校では、さらに一層、生徒諸君が自分の果たす役割に生きがいを感じることができるようにするとともに、地域から愛され、地域に貢献できる学校を目指した取り組みを進めていくこととしています。
 終わりに当たり、私は、着任いたしまして3年目を迎えましたが、以上のような所信を維持しつつ、微力ながら誠心誠意全力で職務に取り組んでまいりたいと考えておりますので、なにとぞご理解とご協力をお願い申し上げまして、あいさつといたします。

平成22年度 第1学期始業式 式辞

 今年の春は、桜の便りが例年より早く届き始めましたが、3月下旬には春の嵐や、強い寒さが戻る日もあり、ソメイヨシノなどの花は、丁度、今が盛りとなりました。第3学期の終業式でお約束したとおり、桜の咲くころ生徒の皆さんとお会いすることができ、大変嬉しく思います。
 いよいよ、新しい1年、平成22年度が始まりました。これまでの1年生は学校の様々な行事の中心となり力を発揮する2年生に、そして、2年生は自分たちの進路を具体的に決定しなければならない最終学年の3年生に、進級しております。皆さん方一人ひとりが、それぞれの学年の生徒としてふさわしい姿勢を保ち、各学年の生徒に値する態度で、今日からの学校生活に元気よく、前向きに取り組んでくれるようお願いします。
 さて、今年は、本校創立95年という節目の年に当たります。あらためて説明するまでもなく、大正4年(西暦でいえば1915年)、時の大正天皇が即位された際に行われた「大嘗祭」という行事の際に用いられる献穀米の産地として、わが国を東西に、二つに分けた西日本のなかから、当時の香川県綾歌郡山田村、現在の綾川町が指定されました。これが「主基斎田」です。本校は、その栄誉を永く記念するため、香川県綾歌郡立主基農林学校として開校したところです。その後、第二次世界大戦を経て、香川県立主基高等学校となり、昭和43年からは当時の文部科学省より自営者養成農業高等学校としての指定を受け、校名を現在の香川県立農業経営高等学校と改め、今日に至っておりますが、この間に、実に95年間という長い歳月が経ったという次第です。
 ところで、本校が創立した大正4年と時を同じくして、東北地方は岩手県、当時の盛岡高等農林学校(現在の岩手大学農学部に当たります。)に、首席で入学した一人の青年がいます。後に『銀河鉄道の夜』や『風の又三郎』など多くの作品を残した宮澤賢治が、その人です。昭和初期にかけて活躍した作家であり、詩人でもあった賢治は、盛岡高等農林学校で農芸化学を専攻して学校を卒業します。その後、上京したものの、わけあって故郷に戻り、地元で農学校の教師を務めることとなります。しかし、程なく、生徒に対して「農民になれ」と教えながら自らが俸給生活を送ることへの葛藤から退職し、昼間は周辺の田畑で農作業にいそしみ、夜には農民たちを集めて熱心な農業指導に励む傍ら、遊園地に自らがデザインした花壇を造成したり、子ども向けの童話の朗読会を催したりといった農民芸術を説く生活を送るのでありました。病弱でもあった彼は、わずか37歳でこの世を去りますが、その前日、夜遅くまで農民からの肥料の相談に当たっていたとも言われています。
 皆さんは、『雨ニモマケズ・・・』で始まる詩を見聞きしたことがあると思います。
「風ニモマケズ/雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ/丈夫ナカラダヲモチ」
 先ほど、宮澤賢治という人は、体が弱く、病気がちであったことに触れましたが、この詩は、健康の大切さについて、彼自身の切なる思いから始まります。
「一日ニ玄米四合ト/味噌ト少シノ野菜ヲ食ベ//
 /野原ノ松ノ林ノ蔭ノ/小サナ萱ブキ小屋ニイテ」と質素で倹約な生活を求め、
「東ニ病気ノ子供アレバ/行ツテ看病シテヤリ/
 西ニ疲レタ母アレバ/行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ/
 南ニ死ニソウナ人アレバ/行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ/
 北ニケンクワヤソシヨウガアレバ/ツマラナイカラヤメロトイヒ」と自らを犠牲にしてでも困っている弱い者のために献身的な人生を送ろうとする決意が記されています。
 そして、「慾ハナク/決シテ瞋ラズ/イツモシヅカニワラツテイル//
     アラユルコトヲ/ジブンヲカンジョウニ入レズニ/
     ヨクミキキシワカリ/ソシテワスレズ//
     ミンナニ(略)ホメラレモセズ/クニモサレズ/
     サウイウモノニ/ワタシハナリタイ」という言葉で結ばれています。
 この詩は、決して人に見せるために作られたものではありません。彼は、この詩を秘かに書きこんだ手帳を常に胸のポケットに入れ、そのような人になろうと一日一日を誠実に生きていたのです。
 今日からの新しい学年は、本校の創立から、そして、宮澤賢治が高等農林学校に入学してから95年目に当たる年です。この一年間において、皆さんには多くの喜びや幸せもある一方で、辛いことや困難もあるかも知れません。そのような折に、農業に学び、農業に生き抜いた宮澤賢治の生き方やその言葉を思い起こしていただければと願って、第一学期の始業式の式辞といたします。
 平成22年4月6日

平成22年度 入学式 式辞

 桜の花も今を盛りに、野や山に柔らかな春の風が吹きそよぐ今日の佳き日、綾川町総務課長 射場 洋 様、PTA副会長 乃村 隆文 様をはじめ、多くのご来賓の方々や、保護者の皆様方のご臨席を賜り、ここに、平成22年度 香川県立農業経営高等学校 入学式を挙行できますことは、私ども教職員一同にとりまして、この上ない大きな喜びでございます。
 さきほど、入学の許可をいたしました120名の生徒の皆さん、ご入学、本当におめでとうございます。香川県立農業経営高等学校を代表しまして、心よりお祝いを申し上げます。本校にとりましても、県内のあらゆる地域から農業を志す若人をお迎えすることは、大変ありがたく、ともに大きな慶びとするものであります。そして、皆さんは、いよいよ、歴史と伝統にあふれる香川県立農業経営高等学校の一員となるわけでございます。本校の生徒として、勉学はもちろんスポーツや文化活動等のさまざまな高校生活に力強く第一歩を踏み出すとともに、これからの3年間、何事にも前向きに、かつ、積極的に取り組み、充実した日々を過ごされることを期待します。
 さて、本校は、今から遡ること95年の大正4年、大正天皇ご即位の大嘗祭に際し、当時の綾歌郡山田村が主基の斎田に定められた栄誉を永久に記念するために、香川県綾歌郡立主基農林学校として開校したものでございます。その後幾多の変遷を経ながら、昭和23年には、戦後の学制改革により、香川県立主基高等学校となった後、昭和43年4月、当時の文部省より「自営者養成農業高等学校」の指定を受けて、校名を香川県立農業経営高等学校と改め、現在に至っているところであります。この間、「一隅を照らす」の校訓のもと、地域に親しまれながら、これまで実に1万2千8百名余の有為の人材を社会に送り出してまいりました。今日からは、皆さんが、本校の歴史に新しいページを書き加え、栄えある歴史と伝統に更なる輝きを添えることとなります。どうぞ本校の一員であることに誇りと自信を持ち、胸を張って高校生活に邁進してくれるよう希望します。
 次に、本校教育の基本的な考え方を申し述べます。本校では、普通教育・農業教育・寮教育を3本の柱とし、生きがいの持てる明るく楽しい学校づくりに努めることを教育方針としております。さらに、自然を愛し、誠実で、勤労と責任を重んじるとともに、柔軟な思考を持ち、農業と地域社会を愛することのできる人間性の豊かな人物を育成することとしているところです。このような教育方針に則り、新入生の皆さんには、まず、「当たり前のことが、当たり前にできる」ことを求めます。本校では、生徒の皆さんに対し、具体的な三つの実践項目を掲げております。その第1は、目標を持って活動すること。第2が、規則を守ること。そして、第3が、礼儀正しくすることです。先に紹介いたしました本校の校訓「一隅を照らす」とは、各自の受け持つ分野で一人ひとりが誠心誠意励むこと、を意味しておりまして、このような本校の教育方針や生徒の実践項目を象徴するものとなっているという次第でございます。
 ところで、本校創立の大正4年と時を同じくして、当時の盛岡高等農林学校に、首席で入学した一人の青年がおります。後に『銀河鉄道の夜』や『風の又三郎』など多くの作品を残す宮澤賢治が、その人であります。昭和初期に活躍した童話作家であり、詩人でもあった賢治は、農芸化学を専攻して学校を卒業後、上京したもののわけあって故郷に戻り、農学校の教師を務めることとなります。しかし、程なく、生徒に対して「農民になれ」と教えながら自らが俸給生活を送ることへの葛藤から退職し、昼間は周辺の田畑で農作業にいそしみ、夜には農民たちを集めて熱心な農業指導に励む傍ら、遊園地に自らがデザインした花壇を造成したり、子ども向けの童話の朗読会を催したりといった農民芸術を説く生活を送るのでありました。病弱でもあった彼は、わずか37歳でこの世を去りますが、その前日、夜遅くまで農民からの肥料の相談に当たっていたとも言われています。『雨ニモマケズ/風ニモマケズ』で始まる有名な詩には、慈愛と誠実さに満ちて、無欲で質素に、自らを犠牲にしても困っている弱者のために献身的な人生を送ろうとする決意が記され、『サウイウモノニ/ワタシハナリタイ』という言葉で結ばれています。
 これからの皆さんの高校生活においては、多くの心のときめきや幸せ、喜びや感動もある一方で、辛苦や困難もあるかも知れません。そのような折に、農業に学び、農業を生き抜いた彼の生き方や言葉を思い起こしていただければと思います。
 ここで、新入生を支えてこられた、保護者の皆様方に申し上げます。お子様の本校へのご入学を心よりお祝いし、お慶びを申し上げます。お子様方が、悦びに満ちた日々を送り、洋々たる前途を歩んで行くために、私ども教職員は精励恪勤、粉骨砕身して指導に当たってまいる所存でございます。どうぞ、本校の教育活動に対し、格段のご理解とご支援をお願い申し上げます。
 今、日本の農業は、大きな転換期にあります。これまでのような産業構造や就業構造を根底から練り直し、農業は産業としての発展に向かい、消費者ニーズに基づきながら付加価値の高い農産物の生産体制やそのための技術を確立して海外への食糧依存から脱却するための大きなターニングポイントに直面していると言えましょう。現在、わが国には4百近くを数える農業高等学校に9万人余の生徒諸君が、潤いある未来を創るための力を身に付け、蓄えつつあります。これらの専門高校では、これまでも生物の生命現象を利用し、安全で質の高い食料をはじめ人間生活に有用な物資を生産するとともに、地域社会の発展と豊かな文化の醸成に貢献しながら、水や生態系の維持管理という国土や環境の保全をも担うことのできる人材を育んできたところです。私たちは、今後も、かけがえのない豊かな自然と美しい地球環境を守り、生命を尊び、かつ、我が国が持続可能な循環型社会に移行するための活動を実践しつつ、農業が直面する大きな転換期を乗り越えてまいりたいと考えております。
 新入生の皆さんも、このような時代にあって、将来、心豊かにたくましく生きていくことができるよう、しっかりと本校における諸活動に励むよう切にお願いするとともに、最後となり甚だ恐縮でございますが、ご臨席のご来賓並びに保護者の皆様方の益々のご健勝とご多幸を祈念いたしまして、式辞といたします。
 平成22年4月7日

平成22年4月19日 全校朝礼 校長講話

 始業式や入学式のころに咲き誇っていた桜も、今は花が少なくなり、若葉色に包まれようとしています。今年の春は寒さの戻る日もしばしばで、そのため桜の開花期間もずいぶんと長かったようです。先週のように、雨が降って冷たい日が続きますと、ずいぶん遠くへ去っていったと思っていた冬のことを思い出したりもします。
 今年の冬の出来事を振り返ってみるとき、私はカナダのバンクーバーで行われた冬のオリンピックやパラリンピックのことが真っ先に思い起こされます。生徒の皆さんも、テレビなどでご覧になったことと思います。このうちオリンピックについては今さら説明することはないと思いますが、パラリンピックについてはいかがでしょうか。
 パラリンピックは、身体に障害がある人が競う世界最高峰のスポーツ大会で、1988年に行われたソウルオリンピックからは、オリンピック開催後、同じ年に同じ場所で開催することが義務付けられています。そのためもあり、近年では「もう一つのオリンピック」としてよく知られるようになってきました。この冬のバンクーバー大会には、日本はスキーやスケート、カーリングなどに出場し、「アイススレッジホッケー」という競技では、見事、銀メダルを獲得しました。このチームを率いた監督の中 北 浩 仁さんは、香川県の高松市出身ということも紹介しておきたいと思います。
 ところで、自分自身のことで少し恐縮しますが、私自身はこれまでサッカーを続けてきました。ただ、プレイヤーとしてというよりも審判員として活動した期間がずいぶんと長く、この間、高校生の試合のみならず国民体育大会や社会人大会など多くの試合を経験しました。その中で、15年ほど前に一度だけ、聴覚に障害のある方々のサッカーの全国大会で審判員をしたことがあります。
 皆さんもお分かりかと思いますが、サッカーのレフェリーは、笛(ホイッスル)で試合をコントロールします。プレーを止めたり、再開したりする際に用いられる笛の音が選手に届かないのに、どのようにして試合を進めて行けばよいのだろうか、と思いあぐねていたのですが、実際には、競技場の周りに、大きな旗を持った何人かのボランティアの方が椅子に座っていて、反則などがあってレフェリーがホイッスルを吹いたとき、直ちに立ち上がって大きくその旗を振り、選手に合図を送ってプレーを止めることとなっていました。また、試合開始のキックオフとかプレーを再開する際は、レフェリーが、その合図として笛を鳴らしている間、腕を前方に水平に掲げる〔ちょうどこのようなシグナルです。〕ことで、腕を下ろした瞬間からリスタートされて、普段のサッカーのように何のトラブルもなくスムーズに試合が流れたことを記憶しています。
 このように障害のある人ばかりのゲームのみならず、障害のある人が障害のない人と一緒に競技を行うことももちろん可能で、現実に行われています。皆さんは、ジム・アボットという野球選手の名前を聞いたことがあるでしょうか。彼は、右手の手首から先がなく、左腕一本の投手でした。マウンドに立った時は、右利き用のグローブ、つまり左手に入れるグローブを右手の手首の上に乗せ、左手で投球した直後にその左手にグローブをはめなおし、もし打球が飛んでくれば即座にグローブで打球を叩き落として一塁に送球していました。その彼は、パラリンピックの開催が義務付けられたソウルオリンピックで、(パラリンピックではなくオリンピックです。)アメリカ代表チームの選手として金メダルを獲得しております。その後、アボット選手はプロに入り、大リーグのカリフォルニア・エンゼルスやニューヨーク・ヤンキース、シカゴ・ホワイトソックスなどで活躍するなか、1993年には、ノーヒットノーランを達成する偉業まで成し遂げているのです。
 また、日本のプロ野球では、昨年まで中日ドラゴンズや横浜ベイスターズに在籍し、抑えや中継ぎ投手として活躍した石井裕也選手がいます。今シーズンは、日本ハムファイターズに移籍して背番号27をつけ、高い奪三振率や勝負強い投球術で活躍が期待されています。中学校の英語の教科書に取り上げられたこともある石井裕也選手は、左耳は全く聞こえず、右耳も補聴器でかすかに聞こえる程度と言われています。
 今日、紹介した選手のほかにもさまざまな障害のあるたくさんの人々が、スポーツの世界のみならず社会のあらゆる分野で活躍しています。生徒の皆さんには、そういったことを、是非、知ってもらいたいと思います。さらに、これら障害のある人々はいずれも自分自身が一生懸命に努力をしていることと、そしてこれが大切なことなのですが、その周囲にいる多くの障害のないチームメイトたちが、しっかりと障害について理解して、それをカバーするような支援や協力をしているということ、この二つを決して忘れないで、覚えていてくれるようお願いします。
 今年の1月、昨年度の第3学期始業式で2年生・3年生の皆さんには「ユニクロ」という会社の話をしました。1年生の皆さんも「ユニクロ」という会社を知っていると思います。この会社で特筆されることはいろいろとあるのですが、障害がある人を積極的に採用していることもその一つです。いわゆるバックヤードで納入された商品チェックやその分別、開店前や閉店後の清掃などの作業に従事していることが多いため、私たち一般の来店客は、ほとんど気づいておりません。「ユニクロ」では各店舗に最低一人の「障がい者」を雇用する方針が打ち出されています。
 そうしたこともあって、従業員5,000人以上のわが国の企業のうち、「障がい者」の雇用率が高い会社のトップが「ユニクロ」となっています。第2位が「日本マクドナルド」、そして第3位が「しまむら」となっています。皆さん、ご存じの企業ばかりではないでしょうか。ほかにも、私たちの農業経営高校で先生方が毎日使っている白色のチョークを製造している「日本理化学工業」という会社は、全従業員が100人に満たない中小企業なのですが、その70%以上の社員の方が障害のある人たちで占められています。
 ここで重要なことは、スポーツの世界のみならず、会社でも(それも大企業だけではなく、中小の企業であったとしても)、つまり、私たちの社会のあらゆる場面で、障害のある人と障害のない人とは、既に、互いにチームの中で、また、会社の中で、理解しあい、それぞれ工夫を重ねながら相互に支援や協力をして、障害の有無にかかわらずともに毎日を過ごし、暮らしているという事実です。そうであるならば、学校も、その例外であってはならないと考えられます。
 今、私たちの国のみならず世界は全体として、インクルーシブな社会を目指して進んで行こうとしています。インクルーシブというのは、少し難しい言葉ですが、障害の有無にかかわらず、誰しもが分け隔てなく、という意味です。大げさな表現になるかも知れませんが、私たち人類は、今、一人ひとりの人間がどのような境遇にあったとしても、人間として生まれたからには、相互に人格と個性を尊重し支えあい、共に生きる社会の実現を目指して進んで行こうとしているのです。
 その実現は、まだまだ遠い未来のことかも知れません。それでも、本校においては、先生方にも生徒の皆さんにも、そのような目指すべき方向をしっかりと見据えていただき、毎日の学校生活において、身近なことから、工夫を凝らし、できることから取り組んでくれるよう強くお願いして、今朝の講話を終わりにしたいと思います。

夏季クラスマッチ 開会式 校長あいさつ

 みなさん、おはようございます。あいにくの雨模様となりましたが、今日はクラスマッチの1日となります。グランド状況の関係もあって、ソフトボールが卓球に変更になるなど雨天時のプログラムとなるようですが、一人ひとりがスケジュールをよく確認し、スムーズな運営に協力してくれるようお願いします。
 さて、昨日の朝までのおよそ1か月間、FIFAワールドカップ大会が南アフリカという国を舞台に開催されました。世界中から予選を勝ち抜いた32カ国が集まり熱戦が繰り広げられました。スペインの優勝で幕を閉じましたが、6月中の予選リーグやラウンド16のゲームにおける日本代表チームの活躍では、わが国でも多くの人々が元気づけられ、勇気を与えられました。皆さんの記憶にも新しいところだと思います。
 一つひとつの試合を前にして、それぞれの国を代表するチームで選手が力を合わせ、全力を尽くすことは当然のことですが、わが国だけではなくどの国でも、多くの国民は、自分の国の代表チームの試合をみつめ、スタジアムやテレビを通じて、精一杯の応援をすることで、代表チームと一つにまとまっていたのではないでしょうか。
 サッカーに限らずスポーツは、国や地域、人種や民族、主義や主張を超えて人と人とを結びつける力を持ち合わせています。スポーツは、人々の心を和やかにするとともに、日ごろの関係を超えて、人々の心をつなぎ合わせる不思議な力を秘めているのです。今日これからのクラスマッチでは、各自が出場する種目に一生懸命に取り組むとともに、クラスの仲間の応援にも励んでほしいと思います。そして、クラスとしての一体感を味わい、クラスの絆を固めてくれることを皆さんに強く望みます。
 蒸し暑い1日になりそうです。水分補給など体調管理には十分気をつけて、怪我のないように願います。終わりになりましたが、今日の準備に当たった生徒会の皆さんや係の先生方に心よりお礼を申しあげ、開会式に当たってのお話といたします。
 平成22年7月13日

平成22年度 第1学期終業式 校長式辞

 朝から強い日差しが照りつける青い空には、午後からはむくむくと湧き立つ真っ白な雲に覆われることでしょう。振り返ってみますと、第1学期が始まった春先には、薄くかすめる雲がたなびいていたのが、5月には透き通った空となり、つい先日までは、梅雨のどんよりとした雨雲に移り行き、今日は、はや、終業式の日を迎えることとなりました。皆さんの第1学期は、それぞれいかがでしたでしょうか。このあと、各自で、よかったこと、そうでなかったことを思い起こしておいてください。
 さて、明日からはいよいよ夏休みです。これまでの第1学期の間、生徒の皆さんは主に学校という社会、つまり人間集団の一員として生活を送ってきました。これからの夏休みの間、農場当番などで登校する日もあるとは思いますが、おおむねそれぞれの家庭等で過ごすことで、同時に地域社会という集団の一員として、生活することとなります。
 古代ギリシアの時代 (今から2,300年程前にまで遡ります。) から「人間は社会的動物である」と言われているように、これまでも私たち人類は、決して一人ではなく、他の多くの人々と、相互に協力しながらその生活を続けてきました。拓心寮の寮訓にも「協働」という言葉がありますが、学校生活でもその実践をお願いしているところです。高校生となり、これから大人の仲間入りをしていこうとする皆さんは、この夏休みに、是非、学校や家庭以外の集団、すなわち皆さんが生活をしている地域社会に目を向けて、地域社会における一員としての自分の在り方や「協働」の表し方を考えてみて欲しいと思います。そして、その際に、生徒の皆さんには、近年のわが国で、しばしば「限界集落」という言葉を耳にするようになってきているということを知っておいて欲しいと思うのです。
 ところで、皆さんは、「限界集落」という言葉やその意味をしっているでしょうか。
 今から65年前の1945年、日本は第2次世界大戦に敗れ、その戦後の廃墟の中からわが国の復興は始まりました。1960年頃からはいわゆる「高度経済成長」が始まり、産業の重心が農業から工業に転換していく過程で、地方の中山間地域、つまり都市部でも平地の農業地域でもない地域から、多くの若者は工場群が立地する都市部へと、どんどんと流れ出て行ったのです。その結果、都市部では人口が「過密」となりました。一方、そのような都市部に対比して、地方の人口が減った状態を示す「過疎」という言葉も新たに生まれてきたのです。それは、1960年代も半ばすぎのことでした。
 それから40年余りを経過して、今日では、全国各地に見られる「過疎」の地域や集落では、お年寄りが集落の人口の半数を超え、そこに住む人々による相互共同生活が次第に困難になってきています。「限界集落」とは、過疎地域の集落で人口のうち65歳以上の高齢者の占める割合が50%以上となり、集落などの共同社会が機能不全に陥っているものを言うとされています。2007年に、国土交通省がまとめたところによりますと、そのような「限界集落」は、驚くべきことに、全国に7,878箇所も認められるとされているのです。
 最も深刻とされているのは中国地方の岡山県・広島県です。次いで九州地方、四国地方も1,357箇所という指摘がなされています。過疎化により人口が減少し、さらに高齢化が進み、若年人口がまばらとなった集落では、まず、小学校や中学校が廃校となり、教育が損なわれていきます。次いで、病院や診療所などの医療が、また、鉄道やバスといった公共交通機関が、まるで引き潮のように退いていくのです。そして、生活道路や水路の維持管理や補修、冠婚葬祭といった社会的共同体としての人々の協力関係が維持できなくなり、近い将来、ついには誰も住まない集落となって消えていくものと予測されています。
 このような「限界集落」という厳しい言葉に接し、慌てて周りを見回してみると、私たちの香川県は比較的平野部が開けていることもあり、「限界集落」にはまだまだ程遠いと、胸をなでおろしがちです。しかし、島嶼部、すなわち瀬戸内海に浮かぶ島々では、今、急速な高齢化と集落の限界化が進んでいるという指摘もあります。
 小豆島のすぐ西北にあり不法な産業廃棄物が投棄された豊島では、ここ20年程の間に1,600人弱だった人口のうち500人程が減少し、65歳以上の高齢者が人口に占める割合は46%を超えると言われています。また、三豊市詫間町の沖に浮かび「機関車先生」という映画の舞台となったことでも知られる志々島は、人口が20数名にまで減少しており、65歳以上を示す高齢化率は、既に100%となっているのです。
 この夏、香川県では、昨日7月19日の海の日から10月末日までの期間、「瀬戸内国際芸術祭2010」が開催されています。先ほど触れた豊島をはじめ、人権学習で本校の生徒の皆さんが毎年訪れている大島、さらには直島や女木島、男木島、小豆島など瀬戸内海に浮かぶ七つの島々と高松港周辺を舞台として、国内外の多くの若手芸術家による斬新な建築や現代アートの作品がさまざまに展示されています。
 そのような「瀬戸内国際芸術祭」開催の本当の意義は、現代芸術の鑑賞もさることながら、人口が減少し、高齢化が進み、残念ながら地域の活力が低下していると言わざるを得ないこれらの島々の集落や共同体に若者が集い、失われた活力を取り戻し、特に、島のお年寄りたちの元気を再生する機会を作り出そうとしているところにあるのではないでしょうか。幸い皆さん方を含め県内の高校生には、既に無料パスポートの引換券が配られています。特に、農業経営高校の生徒の皆さんには、農業という、人間生活に欠かすことのできない大切な産業の振興の願いも込めて、機会があれば、高校生という若い力をこれらの島々に漲らせながら、島の人々と交流し、協働するために、この芸術祭に参加していただければと思います。
 明日から8月31日まで、40日程の夏休みです。たいへん暑い日々が続くと思います。まず、皆さんは自分の健康に十分注意して、病気にならず、怪我をしないようにしてください。次に、2学期に向けた準備を忘れないで下さい。3年生は就職や進学といった進路について、2年生は修学旅行や体育祭・農経祭等の学校行事について、そして、1年生は学科選択について、それぞれ大きな夢をもって欲しいと思います。さらに、生徒の皆さんは、人類の若い世代の一員として、地域社会や集落のために、身近なところから実際に自分自身ができることを考えて実行しながら、この夏休みを過ごしてくれることを期待します。
 来たる9月1日には、第2学期の始業式で、ここにいる生徒の皆さん全員と、また元気な顔でお会いできることを楽しみにしていることをお伝えしながら、第1学期の終業式の式辞を締めくくることとします。
 平成22年7月20日



平成21年度 第2学期始業式 式辞

 今年の夏は、梅雨明けがずいぶんと遅くなりました。その後も、雨が強く降る日が続き、農作物や家畜にとっても、蒸し暑さの続く厳しい毎日だったことと思います。それでも、8月下旬頃からは朝夕がめっきりと涼しくなり、クマゼミやアブラゼミに替わってツクツクボウシの鳴き声が響くと秋が近づいていることをしっかりと感じます。
 いよいよ、第2学期が始まりました。昨日までの長い夏休みを通して、皆さんは、それぞれに様々な経験をしたことと思います。この始業式で、元気そうな、そして、休みに入る前に比べ一段とたくましく大人に向かって成長した皆さんの顔を拝見し、大変うれしく思います。今日からは気持ちも新たに「さあ、がんばるぞ!」と、規則正しい学校生活に戻ってくれるようお願いします。
 今日から始まる第2学期は、9月、10月、11月と、次第に秋が深まっていきます。だんだんと昼間の時間が短く、逆に夜の時間は長くなりますが、暑くもなく、寒くもなく、とても爽やかな気候が続き、催しものなどを行うには最適の時節となります。本校でも、体育祭や主基農経祭、収穫感謝祭などの学校行事が多く予定されています。皆さんの本分の学習とともに、これらの行事にも、精一杯、全力で取り組んで下さい。
 このようなことからも、秋と言えば、読書の秋・スポーツの秋・芸術の秋といった言葉が浮かんできます。このたび、本校では、一枚の絵(油彩の絵画)を借り受け、本館1階玄関ホールの東側壁面(千代号の牛骨格標本の北側)に展示することとしました。昭和4年生まれの郷土の画家 谷本重義 氏が制作した、縦108.5p・横134.0pの大きさの『滝宮念仏踊』を描いた油絵をこの秋、第2学期の間、皆さんに鑑賞していただければと考えています。
 私たちの香川県には、美しい自然のほか、お城や民家、お祭りなどの文化財や民俗芸能がたくさんあります。香川県教育委員会では、今からおよそ25年前の昭和58(1983)年3月、このようなふるさと香川の風物を絵画として後の世に残そうと、県内の多くの画家にお願いして、香川県内の各地・各所を描いていただいた「香川の美」というシリーズの絵画作品群を制作しています。
 この「香川の美」シリーズは、現在、高松市にある香川県立ミュージアムにおいて大切に保管されているのですが、そこのご理解とご厚意を得て、多くの絵画の中から本校の地元・綾川町滝宮に古くから伝わる『滝宮念仏踊』を描いた一枚を借り受け、第2学期の間、展示することができることとなりました。生徒の皆さんには、この絵がふるさと香川の県民全体の大切な文化遺産であることを十二分に理解していただいたうえで、この間じっくりと機会あるたびに鑑賞し、芸術を愛好する心情を育み、美に対する感性を高めてくれるよう願っています。
 ちなみに、この油絵の題材となった「滝宮念仏踊」は、実に1,000年以上もの間、この地の住民の方々によって守り伝えられている国の重要無形民俗文化財となっています。仁和4(888)年のことと伝えられていますが、今は学問の神様とされている菅原道真が讃岐の国司として滝宮に赴任していた年、大干魃に見舞われたそうです。そこで、道真公が心を込めて雨乞いをしたところ大雨が降り、当時の村人が道真公に感謝して喜び踊ったのが起源とされています。それゆえ「雨乞い踊り」としてもよく知られ、今年も8月25日に滝宮神社と滝宮天満宮に奉納されました。
 お借りした絵には、あざやかな色彩が豊かにあふれています。太陽と月を描いた大きなうちわと大きな笠、豪壮な衣装をまとった人物が、その大うちわをあちらに振り、こちらに振って踊る様が描かれ、一瞬、空中を人が飛び駈けるかのように見えます。そのような「滝宮念仏踊」のごとく、この第2学期、生徒の皆さんも、活力に満ち、躍動感にあふれる学校生活を送り、それぞれの未来に向けて大きくはばたいてくれることを期待して、第2学期始業式の式辞といたします。
 平成21年9月1日

平成21年9月14日 全校朝礼 校長講話

 第2学期が始まり、はや2週間が経ちました。始業式で生徒の皆さんにお願いしましたが、もう既に、規則正しい学校生活に戻ることができているでしょうか。一時間一時間の授業に真剣に取り組むことができているでしょうか。さきほど、第2学期の学級委員を任命しましたが、その学級委員の皆さんを中心に、授業や実習、さらには体育祭や農経祭など数多く行われる行事も含めて、学校生活に積極的に取り組んで、一生懸命に勉強し、生徒の皆さんにとって、実りの多い今年の秋にして欲しいと思います。
 あらためて言うまでもないことですが、学校は、生徒の皆さんが勉強をするところです。今朝の全校朝礼では、「学校で勉強をする」ということの意味や意義について、今一度、お話をしておきたいと思います。
 ちょうど1ヵ月前のことです。今年の8月15日、一人の小学生が亡くなりました。この小学生は、アフリカのケニアという国に住む男性で、その名前をキマニ・マルゲさんと言います。マルゲさんは世界的にもよく知られた小学生で、ギネスブックにも認定されていました。と言いますのは、彼は、実に90歳という年齢で、世界最高齢の小学生であったのです。
 マルゲさんは、1919年、ケニアの首都のナイロビから北西に300キロメートルほど離れたエルドレットという町に生まれました。そのころのケニアはイギリスの植民地で、経済的に豊かではなかったという家庭の事情もあり、少年時代に学校に通うことはありませんでした。そのため、彼は、読み書きや計算をすることができませんでした。大人になったマルゲさんは、イギリスからの独立のために戦う中でイギリス軍に捕らえられ、8年間、獄中で暮らすこともあったと言います。それでも、生涯、牧畜業を営みながら、結婚し、15人の子どもを育て上げました。
 私たちの国では、ずいぶん昔から教育制度が整えられ、第二次世界大戦後の1947年からは、現在の学校制度となり、義務教育の9年間は無償とされています。しかし、ケニアという国で義務教育が無料となったのは、今から6年前の2003年のことでした。これをきっかけに、マルゲさんは、「キリスト教の聖書を読みたい。お金を間違えずに計算できるようになりたい。」と小学校に入学し、勉強を始めたのです。自分の体格にあう自前の制服で、7歳からの子どもたちに混ざり、一生懸命に学業に励みました。そして、遂に地元の言葉スワヒリ語で聖書を読めるようになり、いつの日か獣医師になることを目標としていましたが、小学校卒業まであと2年を残し、亡くなってしまったのです。
 マルゲさんは、生前「勉強できて、とても幸せだ。学校で学ぶ喜びを知らない老人は、ぜひ自分に続いて欲しい。」と述べるとともに、90年近い生涯を振り返り「自由とは学ぶことができるということ」という言葉を残しています。皆さんには、これらの言葉がどのように聞こえるでしょうか。
 皆さんたちのような若い人たちからは、しばしば「何のために勉強するのか」という問いを耳にすることがあります。この質問に対してはいろいろな答えがあると思いますが、私は、マルゲさんの話を聞き、「自分を磨き向上させるために、そして周りの人の何かの役に立つために」勉強をするのではないかと考えたりします。
 マルゲさんは、小学校で一生懸命勉強をして読み書きや計算ができるようになり、更に勉強して獣医師になることを目指していました。自分が知らなかったことを知り、できなかったことができるようになる、そのようにして自分を磨き、そして、獣医師となって、牧畜業を営む自分のためにではなく、同じように困っているほかの人のために、身につけた知識や技術を役立てようとしていたのだと思うからです。
 言わずとも、本校の校訓は「一隅を照らす」ですが、マルゲさんはまさにその言葉どおりに生きた方ではないでしょうか。生徒の皆さんにも、自分なりに勉強することの意味を考え続けながら、そこで得た勉強の意味のため、誠心誠意、励んでくれることを期待します。

平成21年度 第2学期終業式 式辞

 冬の寒々とした風景の中で、本校や農場、寮の庭にはサザンカの白や淡い紅の花が鮮やかに目に映る季節となりました。今朝方は、めずらしく濃い霧に包まれました。霧の日は、風もなく、日中暖かくなると言われ、本日は、穏やかに第2学期の終業式を迎えました。振り返りますと、残暑が強く残る9月に始まり、10月、11月には雨が降るにつれて次第に深まって行った今年の秋でした。生徒の皆さんは、この間、本校での学習や、農場における実習、あるいは寮生活を通じて、また、体育祭や収穫祭、主基農経祭等の多彩な学校行事を通じて、躍動感にあふれる学校生活を送り、きっと多くの収穫を得て、実り多き秋、充実した第2学期にしてくれたことと思います。
 さて、今日がクリスマスで、明日からいよいよ冬休みとなります。冬休みの2週間の間に、暦の上で今年という1年が終わり、お正月を迎え新しい1年が始まります。このクリスマスやお正月のように、毎年、その時期に繰り返して訪れる行事を「年中行事」と呼んでいます。冬休みの期間には、ほかにも「除夜の鐘」や「七草」などの年中行事が多く見られます。
 これらの年中行事は、元来、それぞれが宗教的な意味を持って行われていました。
 たとえば、クリスマスは、キリスト教において、イエスの誕生を祝う行事として行われています。キリスト教は、今から2000年ほど前、イエスの出現によって生まれた宗教です。イエスは、「隣人愛」と言って、自分のことを大切にするのではなく、自分を犠牲にしても、周囲の人に思いやりを抱き、他人に愛情を注ぐことの大切さを教えています。そして、それを実践することを人々に求めました。このようなイエスの教えは、その後キリスト教として民族の枠を超えて多くの人々に信仰され、今では世界宗教の一つとなっています。
 また、除夜の鐘は、仏教の行事として、12月31日の深夜0時をはさんで、お寺で鳴らされています。仏教では、人間の人生を苦しみの連続ととらえています。人間は生きている限り苦しみ続けるもので、そのような人間の苦しみを生み出す原因を「煩悩」と呼んでいます。「煩悩」というのは、「欲」ととらえてもかまわないと思いますが、一人ひとりの人間の心の中にあるもので、人の心を惑わせたり、悩ませたり、苦しめたりするものです。仏教を開いた釈迦の教えでは、「煩悩」は百八つあると言われております。実にたくさんの欲が人間にはあると言うことなのですが、それら多くの「煩悩」を一つずつとり祓い、人間を苦しみから解き放つために、除夜の鐘は108回撞かれているのです。
 同じように、お正月も「年神様」を迎える日本古来の神式の行事です。「年神様」というのは、五穀、すなわち米・麦・粟・豆・黍又は稗といった穀物を総称して五穀と言いますが、農作物を守る神様、農作物の豊穣を祈る神様のことです。各家庭でお正月に飾る門松は年神様を招き入れる目印、鏡餅は年神様へのお供え物という意味があります。このようにしてお正月には神様をお迎えするのですから、年末には大掃除をするわけです。寮生の皆さんは、先週、寮行事で注連飾りを作りました。注連飾りというのは、逆に、家の中にわざわいをなす神が入ってこないようにする呪いで、それより内は清らかな世界と言うことになります。
 今では、これらのような宗教的な意味はすっかり影をひそめ、休みやレジャーといった意味ばかりが強くなっています。現代の多くの日本人には、宗教を信じているという自覚はないと言われています。しかし、私たちの周りには宗教的な行事がずいぶんと多く残っています。それらの行事は、かつては確かに、私たちの毎日の暮らしに直接結びついていたり、暦や人生の節目に当たり大きな意味を持ち続けたりしていたということを、この機会に知って欲しいと思います。今日は、ことあと大掃除があります。年神様云々はさておいて、校舎や教室などに1年間の感謝の気持ちを込めて、丁寧にお願いします。数ある年中行事ですが、これからは皆さんの生活の向上のためのよいきっかけとして活用いただければ幸いかと思います。
 平成21年の今年は、一昨日の12月22日が冬至でした。冬至は、言うまでもなく1年のうちで最も夜が長く、逆に昼間が短い日です。既に昨日から、春に向かって、1日1日と日が長くなっています。
 どうぞ皆さん、よいお正月をお迎え下さい。新年1月8日の第3学期の始業式では、皆さんがそろって元気な姿を見せ、新しい年の第一歩を力強く踏み出してくれるようお願いします。
 平成21年12月24日

平成21年度 第3学期始業式 式辞

 新年、明けまして、おめでとうございます。ここに、新しい年、平成22年・西暦2010年という1年が始まることを、たいへん喜ばしく思います。同時に、今年という1年が、とてもたくさんの人々から「農業」に向け、大きな関心と期待が寄せられて、スタートしたことにも、ずいぶんと嬉しいものを感じております。
 これまで日本の農業と言えば、若者の農村離れや高齢化による「農村解体」、農産物の輸入自由化、食糧自給率の低下などといった問題点ばかりが取り沙汰されてきました。ところが、いま、「農業」をめぐる新しい物語の兆しと言える明るい現象が、そこかしこに生まれつつあるのです。
 本年1月1日付けの朝日新聞や毎日新聞といった全国紙は、特集記事で、いずれも「農業」を取り上げていました。とりわけ、毎日新聞では「命とつながる農の意味を 次世代にも脈々と」という見出しで、全国380校の農業高校に学ぶ、およそ9万人の高校生の姿をその活動や考えとともに伝えています。
 千葉県立清水高校2年生女子は「お客さんが『ありがとう』と言って喜んで買ってくれるととてもうれしい。農業のやりがいを感じたので、こういう道もあるなと思った」と「ありがとう」という言葉に対する喜びと自らの将来を素直に述べています。また、東京都立農業高校1年男子は「若い人が農業に取り組みやすい制度や仕組みを整えて欲しい」と堂々主張したり、山形県立置賜農業高校の3年男子は「地域は農業の後継者不足なので、自分が後継者になりたい」と決意を語ったりします。さらに、「農業は汚れるから嫌だ、と思う若い子が多い。自分も最初は嫌だったけれど、野菜がだんだん育っていくのを見て、おもしろいと感じた。友人に野菜の知識を伝えるなど小さなことから始めたい」と言うのは千葉県立大網高校3年生女子、茨城県立水戸農業高校の2年男子は「将来は農業をやってみたい。安全な食べ物を作ることを心がけたい」と話しています。
 この特集では、ほかにも、農業高校に学ぶ大勢の生徒たちが登場します。これらの高校生たちは、農業に正面から向き合い、農業にしっかりと取り組むことで、自らが逞しく生きていく力を身につけていると感じました。そして、農業や食、環境などを学ぶ中で、自分自身の将来を真剣に考えていることに、感心したところです。
 本校の生徒の皆さんは、冬休みの宿題で、既に、それぞれの『年頭所感』を書いていると思います。今年、自分は、農業とどのように向き合うか、学校生活にどのように取り組むか、さらに、自分自身の将来はどうするか。これらのことについて、年の始めに当たり、今一度しっかりと考え、これからの1年間、自分が進んでいく目標や夢として、各自の確かな『年頭所感』を打ち立ててくれることを切に望みます。
 ところで、皆さんは、「ユニクロ」という会社名を聞いたことがあると思います。一昨年の9月にアメリカで発生したリーマン・ショック以降、世界中の多くの企業が業績を低迷させる中で、この「ユニクロ」だけは、好調を持続しています。長引く不況にもかかわらず高い売上高を維持する会社「ユニクロ」を率いる社長の 柳井 正 氏 は、「明るい希望と高い志を持って仕事をすれば、もがき苦しむなかでも一歩一歩現状が改善されて、自らも会社も成長していくものと考えています。結局、何をするにしても王道(つまり、楽をして上手くやる予め定められた方法というもの)は無く、いつでも、どこでも、地を這うような地道な努力が常に必要なのです。」と、述べています。これが、まさに「ユニクロ」の成功の秘訣ではないでしょうか。
 学校生活では、新年は1年間を締めくくる第3学期のスタートでもあります。平成22年正月、本校は、本館の玄関にたいへん立派な門松としめ縄が飾られています。心も新たに、気持ちを引き締め、学校生活を始めてくれるようお願いします。
 「農業」をめぐる新しい物語の兆しが見える今、全国各地で頑張っている農業高校生に負けることなく、農業経営高校の生徒の皆さんも、さらに人間的に一回りも二回りも成長してくれることを願って、また、そのために自らの夢や目標に向かって地道な努力を継続してくれることを期待して、第3学期始業式の式辞と致します。
 平成22年1月8日

平成21年度 卒業証書授与式 式辞

 やわらかな春の陽射しに紅白の梅も一層あでやかな姿を浮かび上がらせ、野に山に、確かな生命の息吹が感じられるこのよき日に、香川県教育委員会より 大金伸光 教育次長 をはじめ、香川県議会を代表され 香川県議会議長代理 香川県議会議員 水本勝則 様、また、綾川町長 藤井賢 様 ほか多くのご来賓並びに保護者の皆様のご臨席を賜り、ここに、平成21年度 香川県立農業経営高等学校 卒業証書授与式 をかくも厳粛に挙行できますことは、本校にとりましてこの上ない喜びであり、関係の皆様方に厚くお礼を申し上げます。
 本日、卒業を迎えられた108名の皆さん、本当におめでとうございます。本校の教職員を代表して、心からお祝いを申し上げます。皆さんは、本校における所定の課程を修了し、栄えある卒業証書を手にされました。それは、ただ学業を修めたというだけではなく、3年間にわたる高校生活を経て、多くの友人を得たり、尊敬すべき人に出会ったり、さらには、社会との様々なかかわりを深めたりするなど、人としての学びの経験を積んで人格を陶冶し、一人の人間として立派に成長したことを意味するものであります。この卒業という重要な節目に、皆さんをこれまで遠くから、或いは近くから支えてこられた保護者の方々をはじめ、ご関連の各位に対し、感謝の気持ちも忘れないで下さい。
 さて、皆さんは、「照于一隅」の校訓のもと、勉学や実習、体育・文化等の諸活動に励み、本日、それが卒業という形で結実したところです。希望に胸をふくらませ、桜の咲き誇る本校に入学したその日から1年間の拓心寮での生活が始まりました。2年生での修学旅行では、深まり行く秋の北海道の雄大な自然に身も心も包まれたことでしょう。最終学年を迎え、恒例となった農経春祭りや主基農経祭、収穫感謝祭など数多い学校行事にも、最上級生として大いに活躍する姿は記憶に新しいところです。この間、喜びや楽しさのみならず、酷暑あり厳寒あり、苦しいことや辛いこともあったと思いますが、それらを乗り越えて今日のよき日に至った皆さんは、一人前の若人としての自信をもってほしいと思います。そして、これからは清く正しく、誠実に努力を重ねる人間として、洋々とした未来に向かって堂々と胸を張り、自らが選んだ道を力強く歩んでくれることを期待します。
 ところで、わが国では、21世紀に入り、農業をめぐる大きな転換が生じ始めています。農業は、家族経営の時代から法人経営も台頭し、分業や特化、経営規模の拡大、組織化などの業態変化が現れるようになってきています。今や農業は、産業としての発展に向かい、海外からの食糧依存から脱却する道へ向け、大きく舵をきろうとしているのです。
 これまで農業は、生物の生命現象を利用して、安全で質の良い食料をはじめ、人間に有用な物資を生産してきました。同時に、地域社会の発展と豊かな文化の醸成に貢献するとともに、水や生態系の維持管理といった国土や環境の保全も担ってきたところです。このような崇高な意義は今後も、変わるところがないと信じてやみません。
 人々が生活にゆとりと潤いを求めるなか、農業を通した自然と人間生活との係わりや農業に由来する伝統行事や生活文化についても強い関心が寄せられています。物質的な面で生活を豊かにすることよりも、心の豊かさを得るため、農業に魅力を求める人々が着実に増加しているのです。
 このような時代にあって、皆さんは、農業に関する専門的な知識や技術を身に付ける中で、自然を愛し、生命を尊び、勤労を重んじることができる力をはぐくんできました。そのような皆さんにこそ、この転換期を乗り越え、よりよき明日の社会を作るため、大きな期待が寄せられていると言えましょう。
 いつの日かの全校朝礼で、生徒の皆さんにはユリノキの話をしました。本校の創立とご縁の深い大正天皇がこよなく愛したユリノキ。農業経営高等学校の象徴ともいうべきその木は今も、万塚農場の記念見本園の中でしっかりと枝葉を伸ばし、私たちとともに成長を続けています。このユリノキのように主基の丘で生きる多くの生命とともに逞しく成長した皆さんは、自らの高校生活に誇りを持ち、これからも伸び続け、私たちの未来に清新の気風を送り込んでいただけるよう希望します。
 卒業生の皆さん、今日のこの式は、決して本校との別れのためのものではありません。むしろ、新たな旅立ちへと連なっていく礎の場なのです。私たち教職員一同は、この主基の丘から、これからも皆さんの活躍を見守り続けたいと思います。どうぞ、皆さんも、郷土香川を支える一員として、本校の更なる発展を末永く応援して頂けるようお願いします。
 終わりになりましたが、保護者の皆様には、これまでお子様をお育てになられた御労苦に対し、深甚なる敬意を表すものでございます。今日の晴れの姿をご覧になり、喜びもまたひとしおのことと拝察申し上げます。本日は、お子様のご卒業、本当におめでとうございました。
 卒業生の皆さんの前途に、明るい未来としあわせの多きことを祈りつつ、また、ご来賓の方々をはじめ、ご臨席の皆様方の益々のご健勝とご多幸を祈念いたしまして、式辞といたします。
 平成22年3月1日

平成21年度 第3学期終業式 式辞

 3月に入り暖かい日が続き、今年は、桜の便りが早めに届いているようです。3月10日には、高知で、そして、九州の福岡、四国の松山、静岡、大分と桜の開花が伝えられています。先週の火曜日・水曜日に行われた高校入試の当日には、みぞれ混じりの冷たい雨となるなど寒さの厳しい日もありましたが、今週は暖かい日が続き、着実な春の足音を感じることができるようになりました。
 今年の春は、もうすぐそこまでやってきているのですが、そんな春を迎えるに際して、1951(昭和26)年以来60年間にわたって、気象庁が行ってきた「さくらの開花予想」、いわゆる「桜前線」の発表が取りやめになったということが話題になっています。
 これまで気象庁では、主としてソメイヨシノという桜の品種を観測対象として、開花日を予想してきました。桜の開花時期を予想することができるのは、つぼみの成長が、気温とかなり連動しているためとされています。これから咲くこととなる桜の花のつぼみ、これを「花芽(かが)」と言うそうですが、これは既に昨年の夏にできています。今から半年以上前にできた「花芽」は、そのまま休眠状態に入り、冬になって気温が5〜7℃にまで下がった時間が延べ800〜1,000時間になると目覚めるとのことです。ちょうど12月末から2月初めにかけて40〜50日ほど寒い日が続きますが、それが開花に向けてのスタートの合図になるというわけです。これは「休眠打破」と呼ばれています。そのようにして眠りから覚めたつぼみは、2月から3月にかけて気温が上がるにつれどんどん膨らんでいきます。
 少し意外な気がしますが、冬が暖かいほど早く咲くようになるのかと言うと、そうとも言い切れないと聞きます。12月末から2月初めにかけて暖かい日が続くと、先ほどの「休眠打破」が、うまく行われず、桜の開花はむしろ遅れるということが分かっています。ちょうど目覚まし時計のベルの音量が小さすぎて寝過し、遅刻するようなものです。冬の寒さはたいへん厳しくて、私たちにとっては避けたいと思う人が多くみられます。しかし、この寒さこそが桜の開花に大きな意味を持っていて、大切な役割を果たしているのです。
 ところで、ソメイヨシノという桜は、野生の品種ではありません。江戸時代の末期から明治の初めにかけて、現在の東京都豊島区駒込あたりに在った江戸の染井村というところで、当時の造園師や植木職人たちによって育成された園芸品種であることがはっきりとしています。
 葉よりも先に花が咲き、満開になると花だけが密生するため華やかであることや若木から花を咲かし、20年もすれば大木の風格を醸し出すほどに成長が早いなどという特性が好まれて、明治時代以降、徐々に全国に広まっていきました。先の第二次世界大戦で荒れ果てた国土には、川の土手や城跡、街路などにたくさんこの木が植樹されたこともあり、我が国では、いまや最もポピュラーな桜となりました。近年でも植栽される桜の8割がソメイヨシノとなっています。
 一方、このソメイヨシノは、種子で自然に増えることがないとされています。種ができないということは、人間の手による以外に、広まる手だてがない、ということになります。ですから、現在、日本各地に見られる非常に多くのソメイヨシノの木は、その一本一本がすべて人間の手で、接ぎ木や挿し木、植え替えなどで増やしてきたものなのです。そして、このことは、全てのソメイヨシノが最初の母樹と同一の遺伝子を持つクローンということになるわけですから驚きです。ソメイヨシノが一斉に咲き、そして、一斉に散るのもおそらくそのためなのでしょう。
 「さくらの開花予想」そのものは、最近、民間の「日本気象協会」や「ウェザーニューズ」、「ウェザーマップ」といった三つの業者も行うようになってきておりますので、気象庁の発表はなくなりますが、今年も「桜前線」の話題を耳にすることでしょう。そんなとき、ソメイヨシノは、ここ150年ほどの間に人に育てられ、ここ50年ぐらいの間に人によって広められ、今、花を咲かせ続けているということを思い出してほしいと思います。
 さて、いよいよ平成21年度を締めくくる終業式の日となりました。明日からは、春休みに入ります。先ほどお話ししましたが、ソメイヨシノのように厳しい寒さをくぐりぬけていかなければならない期間が現実の私たちの生活にはたくさんあります。そういった試練を耐え抜いてこそ、その先に、美しい花が開くのではないでしょうか。また、今に咲く多くのソメイヨシノの木々が人々による気の遠くなるような長年の接ぎ木などの作業を経て現在に至っているということもお話ししました。すぐ目に見える結果が出るというのではないけれども、コツコツとした地道な、着実で手堅い努力を永い年月をかけて続けていくことが、多くの花を満開にさせるという現実も知ってほしいと思います。
 生徒の皆さんにも、将来、自分自身にきれいな花を咲かせてもらいたいと願っています。先週の金曜日には、進路ガイダンスが行われました。まずはこの春休み、自分自身と世の中の現実との双方をしっかり見つめて、それぞれを摺り合わせてみてください。そうすると、そこには大きな隔たりや摩擦もあるかも知れません。そのような場合は、自分の落ち着きどころや目指す方向性を探してみて下さい。この春休みを、次の学年の新しい第一歩を力強く踏み出すため、自分に厳しく、地道な努力を重ねながら過ごしてくれるようお願いして、終業式の式辞といたします。
 桜の咲くころ、また、お会いしましょう。
 平成22年3月19日

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