校 長 挨 拶

香川県立農業経営高等学校



校長  溝渕 祥民 みぞぶち よしたみ

 本校は、今から遡ること96年前の大正4(1915)年、時の大正天皇即位の大嘗祭に際し、香川県が主基の地に点定されて綾歌郡山田村に斎田が設定された光栄を永久に記念しようとする世論の要望から、綾歌郡立主基農林学校として創設されました。ちなみに、「主基」という校名は、特に宮内省の認許を経て付されたもので、全国的にも稀有の由縁をもつものでした。
 大正11(1922)年には、県立に移管して香川県立主基農業学校となり、戦後の学制改革では、昭和23(1948)年から新制高等学校として香川県立主基高等学校へと変遷しました。さらに、昭和43(1968)年からは、文部省より自営者養成農業高等学校としての指定を受け、校名を香川県立農業経営高等学校と改称し、今日に至るまで12,900余名の有為の人材を社会に輩出してきました。
 現在では、四国で唯一の文部科学省指定による「農業経営者育成高等学校」として、普通教育・農業教育・寮教育を三本の柱とし、生きがいのもてる明るく楽しい学校づくりに努めています。そして、誠実で、勤労と責任を重んじ、柔軟な思考力を持ち、農業と地域社会を愛することのできる人間性豊かな人物を養成することを教育方針としています。
 本校では、引き続き、このような教育方針のもと、今後とも、伝教大師最澄の『山家学生式』の一節より、各自の受け持つ分野で誠心誠意励むことを意味する「照于一隅」を校訓としながら、生徒諸君には「当たり前のことが当たり前にできる」こと、具体的には「目標をもって活動する・規則を守る・礼儀正しくする」ことの三項目の実践を求めていくこととしています。
 この数年間は、香川県教育委員会より、特色ある高校づくりのための学校独自プランとして「農業経営高等学校地域活性化プロジェクト」が採択され、これに取り組んできました。また、「農経高校アクションプラン」を策定し、その実践に努めてきたところです。本校では、さらに一層、生徒諸君が自分の果たす役割に生きがいを感じることができるようにするとともに、地域から愛され、地域に貢献できる学校を目指した取り組みを進めていくこととしています。
 終わりに当たり、私は、着任いたしまして4年目を迎えましたが、以上のような所信を維持しつつ、微力ながら全力で職務に取り組んでまいりたいと考えておりますので、なにとぞご理解とご協力をお願い申し上げまして、あいさつといたします。

平成23年度 第1学期始業式 式辞

 新しい一年、平成23年度が、いよいよ始まりました。これまでの拓心寮での生活から通学に変わり、電車で通学することとなった人も多いかと思います。この春休みコトデンの滝宮駅から学校まで歩く道沿い、ちょうど滝宮小学校横の坂を上りきって、右手にある小さな公園を過ぎたところのお庭に二本のミモザの木があることに気づいたりもしました。オーストラリア原産のマメ科アカシア属の常緑高木が、今、真っ黄色に輝く直径5ミリ程度の綿帽子のような小さなふわふわとした花をたわわに咲きほこらせています。
 今日から、これまでの1年生は学校の様々な行事の中心となり力を発揮する2年生に、そして、2年生は自分たちの進路を具体的に決定しなければならない最終学年の3年生に、それぞれ進級しております。皆さん方一人ひとりが、所属する自分の学年にふさわしい姿勢と態度で、今日からの新しい学校生活に取り組んでくれるようお願いします。
 さて、私たちは、このように今日から学校に集い、気持ちも新たに学校生活を始めるわけですが、あれから約一カ月がたった東日本大震災の現地では、授業再開どころか、未だ学校そのものの機能が止まったままの高等学校が、まだまだいくつもあるということを、生徒の皆さんには知ってほしいと思います。岩手県の大船渡市にある大船渡東高校には、工業科や商業科などのほか、農業に関する農芸科学科が設置されています。その100名余の生徒の中には、亡くなられたり、安否不明の方がおいでになられたりするというのが残念ながらの現実です。校舎は、被害がなかったものの、ボイラー室の天井が落ち、パネルヒーターは水漏れしているとのことです。
 宮城県の名取市というところに位置する宮城県農業高校は、本校と同じように寮を設置する文部科学省の指定を受けた農業経営者育成高校です。農業に関する4学科を置き、15学級・700名近くの生徒を擁する宮城県内の農業高校のいわば中心校です。この宮城農業高校には、校舎の2階まで津波が押し寄せて、学校と連絡が取れずに、同じ宮城県の内陸部にある小牛田農林高校の先生からの情報では、農場は瓦礫で埋まり、行方不明の生徒の方や家が流された人もおいでになるそうです。
 福島県からは、より詳しい農業高校の現状に関する情報が届いています。岩瀬農業高校では、地震のため、建物も古いので損傷が激しく、各教室には物が散乱し、先生方は手分けして片づけに追われるなど、本来の学校の仕事には、全く手が付けられない状況が続いており、学校自体も避難所になっているとのこと。
 磐城農業高校では、使える施設は体育館のみで、その体育館が避難所になっている。風評被害もあり物資が届かず、断水が続き、プールの水を汲んで使っている。生徒は、全員自宅待機だが、原発近くの生徒は避難所へ行っているということ。
 相馬農業高校は、福島第一原発から30キロメートルを少しはずれた所にあり、生徒や職員の通勤や通学は困難。そのため限られた職員で生徒の安否確認を継続し、学校は、既に福島県内の他の三つの高校に分散して移っていったということです。
 岩手県には9校、宮城県には12校、そして福島県には11校の日本学校農業クラブ連盟加盟校があります。農業を学ぶ皆さんと同じ年代の高校生たちが直面する苦難の状況の一部が理解できようかと思います。私たちが、今、当たり前に始業式を迎え、学校生活をスタートさせることができる「幸せ」或いは「ありがたみ」をしっかりと感じて欲しいと思うのです。
 今後、日本学校農業クラブ連盟が中心となって義援金やメッセージの募集などが行われることと思います。それよりも前に、生徒の皆さんには、このような状況を知り、被災者に対するお見舞いの気持ちを持っていただきたいと思います。今年の春の甲子園大会では、高校生たちが真剣な全力プレーに徹することで、被災者の方々に対する最高の勇気づけを、野球ができることの喜びと感謝の気持ちとともに、見せてくれました。そうであるならば、農業経営高校の生徒の皆さんが、まず、当面、為さなければならないことは、自分自身の学校生活にしっかりと真剣に取り組むことではないでしょうか。普段の高校生活を送ることが儘ならない被災地の農業高校生に思いを馳せながら、皆さん方は、本校での学習や実習に全力で励んでくれるようお願いします。そのようにして力をつけた皆さん方によって、未来の我が国社会が幸せの色とされる黄色いっぱいに染めてくれることを心底より祈りながら、第一学期の始業式の式辞といたしたいと思います。
 平成23年4月6日

平成23年度 入学式 式辞

 主基の丘に柔らかな春の風が吹きそよぎ、桜の花も今を盛りにと咲きほこる今日のよき日に、綾川町より前田武俊参事様、PTA会長中崎恭一様をはじめ、このように多くのご来賓の方々並びに保護者の皆様のご臨席を賜り、ここに、平成二十三年度 香川県立農業経営高等学校 入学式を厳粛に挙行できますことは、学校と致しましてこの上ない慶びでございます。
 ただいま、入学の許可を致しました120名の皆さん、誠に、おめでとうございます。心よりお祝いを申し上げます。皆さんは、今日からいよいよ、歴史と伝統にあふれる香川県立農業経営高等学校の一員となられたわけであります。ご案内のとおり、本校は、今を遡ること九十六年、大正天皇ご即位の大嘗祭に際し、かつての綾歌郡山田村が主基の斎田に定められた栄誉を永久に記念するため、香川県綾歌郡立主基農林学校として、当時の実業学校令に基づき、開校したものであります。
 本校創設当初から根ざした『実業教育』というものは、近年でこそ、農業に関する専門教育乃至は産業教育と人口に膾炙しておりますけれども、ただ単に農林業に関する知識や技術を伝授し、即応的な職業人としての中堅技術者を養成することのみを目的としたものではありません。本来の『実業教育』においては、実用や有益のため、机上や頭で考えるのみならず、教育というものを、もう一度「農業の場」や「生活の場」に引き戻しながら、その過程で人間的真実を明らかにしていく実践的学問として、全人的な人格の陶冶も強く意図されていたことを肝に銘じておく必要があるのです。身の丈に合わせながら、まず、自分が把握できる、実感できる範囲で農学というものを体得する、就業や収入よりもその仕事を通じた人間としての生き方や生きがいを模索するということに重きを置く、飽くまでも、自分自身の価値基準に佇む人間の形成が強く企図されていたことを、今の時代だからこそ、確認しておく必要があると言えましょう。
 本校は、設立後、幾多の変遷を辿り、戦後の学制改革による香川県立主基高等学校を経て、昭和四十三年四月、当時の文部省より「自営者養成農業高等学校」の指定を受けて、校名をただ今の香川県立農業経営高等学校と改め、現在に至っております。この本校では、未来に向かって無限の可能性を秘める生徒の皆さんが、三年間の高校生活を通じて、一生の生業とする仕事を見出すことができるような、また、そこへ向かっての第一歩を力強く踏み出していくことができるような学びの場となることを欲し、自立した個人の育成を含む真の『実業教育』を展開しようとしているものであります。
 既に本校では、各自が受け持つ分野で一人ひとりが誠心誠意励むことを意味する「一隅を照らす」という校訓のもと、地域から信頼され、親しまれながら、これまで実に13,000名の有為の人材を社会に送り出して参りました。今日からは、皆さんが、本校の歴史に新しいページを書き加え、栄えある歴史と伝統に更なる輝きを添えることとなります。
 ところで、農業という営みは人類の歴史とともに古く、いや逆に、人類という生命種を特徴づけるものとして農業という営みがある、と言っても過言ではありません。自然と直接的なかかわりを持ちつつ、自然の摂理に従って、自然と共存しながら、人間が生存するために欠かすことのできない食料を農業は生産してきました。また、衣服や住居を作るために必要な原材料などを供給するという機能も農業は果たしてきたのです。しかも、人々は、農業に従事するとき、各個人それぞれの主体的な意思に基づいて、生産計画を立て、汗を流し、収穫を迎えてきたところです。日本の農業は、今後も、生物の生命現象を利用し、安全で質の高い食料をはじめ、人間生活に有用な物資を生産するとともに、地域社会の発展と豊かな文化の醸成に貢献しながら、水や生態系の維持管理という国土や環境の保全をも担うことが強く期待されています。私たちは、今後も、かけがえのない豊かな自然と美しい地球環境を守り、生命を尊び、かつ、我が国が持続可能な循環型社会に移行するための活動を実践しつつ、農業のますますの発展に寄与したいと考えております。新入生の皆さんも、このように崇高な農業を学ぶ一員であることに誇りと自信を持ち、胸を張って日々の生活に邁進してくれるよう希望します。
 終わりに、これまで新入生を育んでこられた保護者の皆様に申し上げます。お子様のご入学を心よりお祝いし、重ねてお慶びを申し上げます。お子様方が、悦びに満ちた日々を送り、洋々たる前途を堂々と歩んで行くために、私ども教職員は不惜身命を賭して指導に当たってまいる所存でございます。どうぞ、本日以降、本校の教育活動に対し、格段のご理解とご支援をお願い申し上げる次第でございます。
 私たちが暮らす日本という国は、今日、いまだかつて経験したことのない大きな困難に直面しております。新入生の皆さんは、このような激動の時代にあって、その困難を苦ともせずに乗り越え、未来の我が国社会を築く魁とならんとする強い気概とともに、心豊かにたくましく生きていくことができるよう、しっかりと本校における諸活動に励んでくれるよう期待いたしますとともに、ご臨席のご来賓並びに保護者の皆様のさらなるご健勝とご多幸を祈念いたしまして、式辞といたします。
 平成23年4月7日


平成23年度 対面式 式辞

 平成23年度香川県立農業経営高等学校対面式に当たり、高い場所からではありますが、生徒の皆さんにあいさつやらお願いやらをしておきたいと思います。一昨日行われた始業式で、二年生・三年生の生徒の皆さんがこの場に集いました。そして、昨日は、入学式で、本校に入学した一年生の生徒の皆さんが、本校の門をくぐったところでございます。そして、本日は、いよいよ、平成23年度の一年間に、本校に学ぶ生徒の皆さん全員が一堂に会して、ここに顔をそろえることになり、誠に喜ばしい思いで一杯です。
 ところで、本校で皆さんが学ぶ農業に関しては、古来より最近まで、とても美しいひとつの言葉が残されてきました。それは、『結(ゆい)』という言葉です。漢字で一文字なのですが、頭の中で思い描いてくれますでしょうか。糸編に吉と書く一文字の漢字、訓読みでは「結ぶ」とか、音読みでは「結論」・「結果」という熟語で使われる「結」という漢字一文字を「ゆい」と読んで、日本人はそれを伝えてきたのです。
 わが国では、過去、何千年にもわたり、稲作を中心とした農耕文化が伝統的に継承されてきました。この間、農繁期の田植えの時期や稲刈りの季節には、今のような、トラクタとかコンバインといった大型機械は、ごく最近までありませんでした。そのため、いずれの村落共同体でも、短い期間に非常に多くの労働力を必要とすることから、人々の間では、助けたり助けられたり、手伝ったり手伝ってもらったりという労働の相互扶助が、損得抜きで、当たり前に行われていたのです。現代社会では、香川県下でも四月下旬から五月にかけて見られる田植えに向けた農業用水路の地域住民全員による整備、すなわち「川ざらい」に、なごりを残していますが、『結(ゆい)』と呼ばれるものは、実にそのような人々の精神であり、活動のことなのです。そして、これにより、地域社会の絆がしっかりと結ばれていたのです。
 近年、農業をめぐって、人々の農業に対する見方や価値観は大きく転換していますが、今、私たちの国では、東日本大震災という大きな困難に立ち向かっていく中でも、農業が長い歴史の中で脈々と受け継いできた、人々による助け合いや支え合いの大切さが改めて再確認され、再評価されています。
 そのような折、農業経営高校という場においても、特に、二年生・三年生の皆さんは、一年生に対し、この『結(ゆい)』を保ち、学校生活の中で行動や態度に表わし、実践してくれるようお願いします。生徒の皆さんが、お互い力を合わせ、助けあい、支え合いながら、よりよい学校と学校生活が築かれることを期待して、対面式のあいさつを終えたいと思います。
 平成23年4月8日

平成23年4月18日 全校朝礼 校長講話

 新しく平成23年度が始まり、10日程が経ちました。最初の週は、46日の始業式・離任式、翌7日は入学式、そして、8日には着任式や対面式と、儀式的な行事が多く、授業は、先週から始まりました。そして、今日から3週目を迎え、本格的に授業も進んでいくことと思います。
 今年度の始業式では、2年生や3年生の皆さんに、学校での学習や実習に、しっかりと全力で励んでくれるようお願いをしました。直前に行われた離任式では、転出された先生の何人かが、皆さんに、勉強することの大切さを訴え、くれぐれも勉強に励むようお話をされたことが思い出されます。また、入学式では、一年生の皆さんに対して、本校における諸活動に、精一杯励んでくれるよう学校としての式辞を述べたところです。
 学校が、生徒の皆さんの学習の場であることは、今さら言うまでもありません。とりわけ高等学校は、義務教育である小学校や中学校と違って、自ら学習の意欲を持ち、率先して勉強に取り組む意思のある者が、入学を希望し、選抜されて合格し、3年間の学校生活を送る場所である、ということを、ここで、今一度、確認しておきたいと思います。
 勉強することの大切さについては、これまでも、いろいろな人が、繰り返し、さまざまに言い表してきました。近代日本における啓蒙思想家として知られる福沢諭吉は、『学問ノススメ』という、まさにそのこと自体をタイトルとする論説を書き残しておりますが、これは、現代にまでも読み継がれている不朽の名作のひとつと言われています。

 「天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ人ノ下ニ人ヲ造ラズト言ヘリ」

明治52月に出版された『学問ノススメ』の冒頭の一節は、余りにも有名です。この言葉は「人間は、生まれながらにして、皆、平等であると言われている」ということを述べているわけですが、『学問ノススメ』では、これに続き、しかし、現実は必ずしもそうでないところもあり、だから、本当に人間が平等に、そして自由に生きることができる世の中を創りあげるためにも、一人ひとりが、一所懸命に勉強すること、学問をすることが大切である、と強く人々を戒めています。

ただ、注意しておかなければならないことは、ここで福沢諭吉が求めている学問とは、単に、古典や英語の難しい単語を覚えたり、数学や理科の高度な問題を解いたりすることではない、としていることです。もっぱら人々が懸命に励まなければならない学問というものは、人間の普段の社会生活に役立つもので、例えば、漢字やかなを習って、手紙や書類を正確に書けるような力、あるいは、基礎的な計算ができ、帳簿をつけて現金や在庫管理、損益を把握できる力といったものをしっかりと身に付けなければならないとしているのです。他にも地理や歴史、物理や化学、経済や道徳といった領域でも、挨拶や礼儀をはじめとして日常生活に欠かせないことがらを身に付けておく必要があることを力説して、このような学問のことを“実”のある学問として「実学」と表現しています。そのような「実学」を確実に身に付けること、しっかりと学ぶことを求めていたのです。わが国では、第二次世界大戦が終わるまで、このような「実学」を主として学ぶ学校を「実業学校」と呼び、そこで行われる教育を「実業教育」と、一般に、呼んでおりました。

私たちの農業経営高等学校は、今から96年前、当時の実業学校令という国の法令に基づいて、香川県綾歌郡立主基農林学校として設立されています。すなわち、私たちの学校は、実業学校として生まれたという次第です。明治32年に制定されたこの法令により、わが国には、農業のほか工業や商業など実業に従事するために必要な知識や技術を教授する学校が作られておりますが、当初の実業学校では、農業学校は農業に関することだけ、工業学校は工業に関することのみが、教えられていたこともあったようです。しかし、その後、福沢諭吉が述べるようなあるべき「実学」に照らし、一人の人間として生活していくために欠かすことのできない国語や算術(数学)、理科や体育といった、いわゆる普通教科・科目も当然に学ばれるようになりました。さらに、大正時代に入ってからは、これらの学問に加えて、一個人としての人格を磨いたり、一社会人としての常識を身に付けたり、要は、一人の人間としての徳性を高める教育も、実業学校では、熱心に実践されるようになっています。

ひるがえって、今日の農業経営高等学校でも、生徒の皆さんには、そのような精神を受け継いでほしいと考えています。福沢諭吉が言う「学問」、すなわち「実学」にしっかりと励み、一時間一時間の授業を真面目にかつ真剣に受けて、一生懸命に勉強に取り組んでもらいたいと思います。ノートと鉛筆を用い、机上や頭で考えるのみならず、学校で学ぶことがらを毎日の「生活の場」や「農業の場」に引き戻しながら、まず、自分が把握できる、実感できる範囲で、授業等の内容を一つずつからでも実際に態度や行動として実行できるよう身に付けてくれるよう願っています。先生方にもそのようなご指導をお願いしておりますので、生徒の皆さんは、あるべき人間としての生き方や生きがいも模索し、自立した個人として大きく成長してくれることを期待します。

未来に向かって無限の可能性を秘める生徒の皆さんの三年間の高校生活を通じて、この学校が、一生の生業とする仕事を見出すことができるような、また、そこへ向かっての第一歩を力強く踏み出していくことができるような学びの場となれば、この上ない喜びです。

先ほど任命した学級委員長や副委員長を中心に、早速今日から一所懸命に「実学」に取り組んでくれるようお願いして、今朝の講話を終えたいと思います。


平成23年5月16日 全校朝礼 校長講話

 4月末からの連休、ゴールデンウィークを皆さんはどのように過ごされたでしょうか。私ごとになりますが、春の連休期間中に、ここ10年ほど、毎年、欠かさず必ず行っていることが、1つあります。と、言いますのは、我が家では、ミニチュアダックスフントを飼っているのですが、(ちなみに、色はゴールドで、毛はロングヘアーのオスの犬なのですが、)毎年この時期、狂犬病の予防注射を受けさせ、あわせて犬の心臓病の原因となるフィラリア症の予防薬をもらっているのです。
 全国の各市や町では、毎年春に「集合注射」と呼ばれる狂犬病予防接種が実施されています。同時に、各県の獣医師会が指定する動物病院でも、この予防注射が行われるため、それに先立つ3月頃には、市町や動物病院から、その案内状が届けられます。狂犬病は、人間と犬が共通に感染する病気の中で最も恐ろしい病気と言われています。この病気の名前からは、犬だけの病気と思われがちですが、狂犬病ウィルスは、例えば犬の咬み傷などから唾液とともに人間を含むすべての哺乳類に感染し、万一、発症すればその死亡率は、ほぼ100%とされているのです。
 そのため、わが国では、狂犬病の予防や流行を防ぐために、『狂犬病予防法』という法律が制定されています。この法律によりますと、犬の飼い主に対しては、次の3つのことがらが義務付けられています。
 @ 犬に、毎年、1回、狂犬病予防注射を受けさせること
 A 市や町に犬を登録して、「鑑札」の交付を受けること
 B 犬にその「鑑札」と狂犬病予防注射済票をつけること
そして、これらの義務に違反すると20万円以下の罰金が科せられることにもなっています。
 それにもかかわらず、すべての犬が狂犬病予防注射を受けているわけではなく、また、登録がなされているわけでもない、というのが残念な現状です。平成20年度のデータですが、日本には登録された犬だけで約680万頭がおり、うち狂犬病の予防注射を受けたのは約509万頭で、接種率は74.8%という具合です。ちなみに香川県をみてみると、73,349頭の登録で45,908頭が接種、その割合は全国より低く62.6%にしか過ぎません。
 犬は、長い間人間とともに生活してきた身近な動物です。犬と人間の交流の始まりは、約1万〜2万年前の石器時代のことで、最初に家畜化された動物とも言われています。昔から、猟犬や番犬として、近年では盲導犬や聴導犬、介助犬などとして活躍するほか、現在では愛玩用として飼育されることが多く、人間の心を癒し、豊かにしてくれています。飼い主から一方的な愛情を受けるだけの「ペット」と異なり、家族の一員として、より密接に飼い主とともに生きることを意味する「伴侶動物(コンパニオンアニマル)」という言葉も使われるようになりました。
 ところで、皆さんは、野良犬を見かけたことがあると思います。飼い主がいるようには思えない犬のことです。でも、本当は、飼い主が、かつては居たのではないでしょうか。実際には、生まれて程なく、あるいは成長の途中で、人間に捨てられてしまった、というのがほとんどと考えられています。これらの野良犬は、様々な病気の予防の観点などから、捕獲され、一定の収容期間を経過した後は、悲しい現実ですが、その多くが殺処分されています。ある動物保護団体の調査によりますと、平成20年度の1年間で、全国で実に84,264頭の犬が、二酸化炭素による窒息死という方法で、安楽死を余儀なくされているのです。
 近年では、日本に生息しないワニやニシキヘビなどを飼っていた人が、途中で飼うのをやめ、捨ててしまったためにそれらが野生化し、突然、都会の真ん中に現れ、騒動になることもありました。ブラックバスという魚やマングースという動物の名前を聞いたことがある人も多いと思いますが、これらの生物も人間の都合でわが国に持ち込まれた外来種で、当時の予測以上に繁殖し、生態系に大きな影響を与えているという指摘もあります。犬にももちろん、これらの生物にも、当然のことですが、それぞれ命があり、仮に捨てられたとしても、精一杯、生きつづけようとしていることを思い知らされます。
 皆さんのなかにも、犬を飼っている人がいると思います。犬を飼い始めるときは愛情いっぱいでも、その後、生きていく長い歳月の間には、病気になることや怪我をすることもあります。そして、その間、確実に年をとっていきます。いつしか世話が億劫に感じられる時もくるかもしれません。そのようなとき、人間の都合で、一方的に捨ててしまうことが許されていいはずは、決してありません。他の愛玩動物(つまりペット)も、いったん飼い始めたならば、まずは、命ある限り、飼い続けて欲しいと思います。死ぬまで飼う覚悟で、飼い始めてください。そして、生きている間、予防注射をはじめ食事や散歩、しつけなど数多くの世話を、愛情を込めて続けてくれるようお願いしておきたいと思います。
我が家のダックフントも今年の3月で10歳になりました。人間で言えば、私よりも年上に当たる56歳になるとのことです。私たち人間だけの都合で一方的に飼うのではなく、同じ重さをの命を持つ家族の一員として、これからも互いに命ある限り、共存していきたいと考えていることをお話しして、今朝の講話を終えたいと思います。



平成23年度 第1学期終業式 校長式辞

 台風6号の影響で、連休明けから大荒れの天気が続きました。香川県内には、警報が出されたため、昨日は通生の皆さんには自宅待機をお願いしたところです。今年に入ってから、311日の東日本大震災やこのたびの台風と言い、自然相手には、なかなかいつもの年どおりに、という具合にはいかないことも、間々あります。そういった点では同じなのですが、学期末を控えて、とても明るいニュースもありました。今週月曜日、海の日の祝日の早朝、サッカーの女子ワールドカップで日本代表のなでしこジャパンが世界一に輝いたことです。皆さんもご存じでしょうし、今、日本中、いや、世界でも大きな話題となっています。明るい笑顔を忘れることなく「最後の最後まで、決してあきらめない。」という選手たちの姿勢と態度は、是非、皆さんにも、見習ってほしいと思います。

 さて、今日は、第1学期の終業式を迎えました。いよいよ明日から、40日余りの夏休みとなります。この夏は、これも去年までの夏休みと違って、東日本大震災の影響のため特に関東地方で電力が不足することが見込まれています。その主な原因は、原子力発電所の運転停止にある、とされています。このため原子力発電の在り方について世界中で議論がされているのです。原子力発電は、今やわが国全体の発電量に占める割合の約30%を占めるに至っており、それゆえ、関東地方のみならず日本全国で、節電が大きな課題になっているのです。近年では地球温暖化現象で夏の気温が年々上昇しているという現実があります。それに対して私たちは、これまで、主に、クーラーの設置やその稼働によって暑さを凌いできたわけです。しかし、今年は、それとは異なるいろいろな工夫や努力が求められていると言えましょう。

 夏の暑さ対策の一つとして、私たちの農業経営高校では、家庭科棟の南面に、いわゆる「緑のカーテン」を設置しています。去年は、ゴーヤでした。今年は、アサガオを植えています。アサガオは、今から千数百年をさかのぼる平安時代初期、種子を薬にするため、中国から持ち込まれたと言われています。ずいぶんと昔から日本人になじみが深かったことになります。遣唐使が派遣されていた時代からの長い年月の間には、人間の手でアサガオの品種の改良が進められ、元来の淡青色に加え、赤や白、紫などさまざまな色の花が咲くようになりました。また、花の大きさも、原種では56pであったものが、今では25pを超える大きなものまで咲かせることができるようになっています。

 この間、江戸時代には、突然変異による珍しい色の花などを楽しむ、アサガオ栽培の一大ブームが二度ほど起こったそうです。当時には、このような新種のアサガオを専門に扱った本(画集)も出版されています。この本を開いてみると、現在では見ることができない黄色や黒い色の花のアサガオなども描かれており、これらのアサガオは「変化アサガオ」と呼ばれています。現在、アサガオは、愛好家による趣味的な栽培が多いのですが、小学校での理科教材に用いられたり、農業経営的には夏の風物詩として各地で催されている「朝顔市」用の生産も行われたりしていて、夏の花としては、最もポピュラーなものとなっています。生徒の皆さんもアサガオを知らない人は一人もいないのではないでしょうか。

私たちの学校で栽培しているアサガオも、このような長い歴史を経て種子が受け継がれ、今に伝えられているものです。それだけでなく、実は、他のアサガオにはない、極めて現代的な特徴を持つ貴重な品種であることを紹介しておきたいと思います。と言いますのは、このアサガオの種は、20083月、日本人宇宙飛行士の土井隆雄さんと一緒にスペース・シャトルのエンデバーで宇宙に向かい、その後12月までのおよそ9か月間、国際宇宙ステーション(ISS)で滞在した種子の二代目に当たるものなのです。そういった理由で、本校で栽培しているアサガオは、「宇宙アサガオ」と呼ばれています。

宇宙空間は、重力がないことをはじめ地球上とは大きく異なった環境にあります。そのため、突然変異という現象が起こりやすく、植物が持つ遺伝子が変わる可能性が高くなるのではないかと考えられています。そこで、数年前、日本の宇宙航空研究開発機構・JAXA(ジャクサ)では、地上でそのまま過ごしたアサガオの種と宇宙空間で一定期間過ごしたアサガオの種などを、同一条件で栽培して、どのような違いが現れるか、実験することとしたのです。

先ほどお話ししたように、20083月から9か月間、国際宇宙ステーションでの宇宙フライトを終えたアサガオの種2,000粒が、20093月、アメリカ航空宇宙局・NASAナサから日本のJAXA(ジャクサ)に返却されました。JAXA(ジャクサ)では、この実験に参加する学校を、日本全国に募集しました。その結果、翌2010年には、日本国内にある幼稚園から高等学校までのおよそ200の学校にそれぞれ10粒ずつ、「宇宙アサガオ」の種が配られたのです。四国では8校に配られています。香川県では、たった一校、私たちの農業経営高等学校だけにこの「宇宙アサガオ」の種が配られたのでした。

去年の春から、本校の環境園芸科・草花部門でアサガオの栽培が始められました。秋には第一世代の種が収穫されました。少し難しい話になりますが、アサガオの花の色の遺伝子は一対あります。そのため一方の遺伝子に突然変異が生じたとしても、その対となる染色体内のもう一方の遺伝子に変異がなければ、花の色に変化は現れにくいと言われています。加えて、変異が生じた遺伝子は、優性形質ではなく劣性形質であることが多いため、第一世代では、花の色の変化は目に見えては現れにくい、つまり、それまでと同じ色の花しか咲かない、と考えられているのです。

 それでも、さらに次の年、つまり今年ですが、宇宙で滞在したアサガオの種から二世代目を育ててみれば、遺伝子が変異したもの同士の組み合わせが起こり、その結果、これまでと違った色の花が咲くかもしれない、との期待が高まっています。明日から長い夏休みに入りますが、農場当番などで登校した際には、是非、家庭科棟のネットに咲くアサガオの花の色に注目してみてください。そのほとんどは、従来の遺伝子による色、すなわち紫色(英語で、バイオレット。今、その色の花がたくさん咲いていますが・・・)だとは思います。でも、もし、これと異なる色のアサガオの花が咲いているとしたら、まさにそれが突然変異により、宇宙で生まれた、世界でたった一つだけの花となるわけです。

本校のアサガオは、第一に、「緑のカーテン」で日陰をつくって、家庭科棟の教室の温度を下げようという省エネルギーを目的に栽培しています。それに加え第二に、宇宙へ行った種を育てることにより遺伝子の突然変異を探るという壮大な科学実験の場でもあるということも知ってもらいたいと思います。

江戸時代にアサガオを好んで育てた昔の人々は、おそらく遺伝の法則などを知るはずもなかったと思います。毎年、アサガオを育てるなかで偶然にも期待しながら「変化アサガオ」を経験的に作り出し、それを楽しんでいたのではないでしょうか。そのような江戸時代に、もちろんクーラーなどはなく、ヨシズを立て、簾を下げ、団扇や扇子で風を起こし、風鈴の音色や鉢に泳ぐ金魚の姿に涼しさを求め、暑さが続く夏を過ごしていたものと想像できます。

ごく最近まで、科学技術は永遠に発展し続け、それがそのまま、人間の幸福につながると楽観的に考えられてきました。しかし、この夏は、少し立ち止まって、また、過去を振り返ってみる必要がありそうです。近代科学を過信することなく、私たち人間も、自然と調和しながら、自然の中の一員として生活するという姿勢や態度を思い出し、実行してみる良い機会かもしれません。

明日からの夏休み、暑い日々が続くことと思いますが、生徒の皆さんは、この夏、健康に気をつけ、病気にかかったり、けがをしたりすることなく過ごし、第2学期が始まる91日には、全員が元気一杯の顔と姿を見せてくれるようお願いして、平成23年度第1学期終業式の式辞といたします。

 平成23年7月20日


平成23年度 第2学期始業式 校長式辞

 長かった夏休みが終わり、いよいよ2学期が始まります。生徒の皆さんは、始業式を迎えて、気持ちを新たにし、今日からの学校生活に、一日一日、精一杯励んでくれるよう最初にお願いをしておきます。

 学校では、昨日までの休業期間を利用して、施設や設備について、特に大きな音が出る工事を進めてきました。本校の本館では、既に7月より、1階から3階までのトイレの全面改修を行っています。今後もしばらくの間工事が続きますが、11月の主基農経祭までには、新しく見違えるようなトイレが完成する予定です。また、剣道場から道路をはさんで南にあったプールは、このたび撤去することといたしました。重機なども入って、今月一杯、工事が行われます。ほかにも、万塚農場では、拓心寮や農場の畜舎などから出た汚水をきれいな水にするための合併浄化槽を、旧豚舎の北側に新しく建設中です。いずれの工事も比較的規模が大きく、生徒の皆さんにはいろいろと不便をかけますが、工事用車両に注意を払うとともに、工事区域に近寄らないなど、引き続き各自で十分に気を付けてくれるようお願いします。

さて、昨日までの8月は、まるまる一月が長い夏休みの期間中に含まれ、生徒の皆さん一同にお話をする機会がなかなか持てません。それでもやはり、この8月という時期には一度、皆さんにお話をして、伝えておかなければならないことがあります。それは、もう、十分ご存じのことだとは思いますが、今から66年前の8月に終わった大きな戦争のことです。とりわけその戦争が終結した年の昭和20年、西暦で申しますと1945年の8月には、6日に広島、9日には長崎に、それぞれ一発の原子爆弾が投下されました。この核兵器により、一瞬にして、多くの人々が犠牲となったことは、決して忘れるわけにはいけません。そして、815日には、終戦を迎えたという歴史上の事実を、生徒の皆さんには、絶対に知っておいてもらいたいと思うのです。それから、ずいぶんと長い歳月が過ぎ、今や実際にその戦争を体験した人は、たいへん少なくなりつつあります。だからこそ、私たちは、毎年訪れる夏の最中の8月という時期に、6日とか9日、15日といった節目となる日を契機としながら、今一度、戦争というものの悲惨さや醜さというものを思い起こし、決して二度と戦争をしてはならない、という思いをあらゆる世代の人ともども、強く確認しなければならないと考えるのです。

さきの戦争の惨禍は、香川県でも特に高松市に降り注ぎました。66年前の74日、午前3時ごろ、高松市はアメリカ軍から2時間近く爆撃を受けました。夜空は赤く染まり、市街地の8割近くが焼け、1359人が亡くなったという記録が残されています。その後、この悲惨な高松空襲から生き延びた人たちをノートとペンを手に訪ね歩き、一人ひとりからその時の体験談を聞きとって、600人もの人々からの話を書きためて、それらを若い世代の人たちに語り継いでいる、喜田清さんという方がおいでになります。

今年の816日、高松市内で、香川県高等学校家庭クラブ指導者養成講座が開催されました。この講座は、県下の高等学校からそれぞれの学校の家庭クラブ会長や顧問教師などが集まって、家庭クラブ活動やその運営について、毎年研修を行うものです。今年は、さきほどの喜田清さんを講師としてお招きし、喜田さんが聞き取った高松空襲の実話が語り継がれました。引き続き、この講座において行われたクラブ員による分科会では、農業経営高校家庭クラブから平和な世界を願って本校で実施している「戦争ほうき」の制作活動が紹介されるとともに、参加者の高校生であるクラブ員の方々には、実際にそれを作っていただいたところです。

「戦争ほうき」については、今さら皆さんに説明するまでもありません。「戦争」という人の命を奪う行為や自然環境の破壊がこの地球上から全てなくなることを願う「戦争反対」の意思表示として、上着や鞄などに付ける小さな箒のアクセサリーですね。平和な時代の今の日本に生きる私たちにとって「戦争」となりますと、やや大げさで、他人事のように感じられるかも知れません。しかし、世界に目を向けてみれば、今もこの瞬間に、実際に戦争が行われている場所がこの地球上はあることを忘れてはなりません。その一方で、皆さんの身近なところに「けんか」は、ありませんか。「いじめ」や「いやがらせ」、「差別」はすっかりなくなっているでしょうか。自分自身の胸に、もう一度、問いかけてみてほしいと思います。国と国とが、力ずくで互いを傷つけ合い、命を奪い合う行為を戦争と呼んでいますが、個人と個人との間に生じる同じようなことも、戦争と同様、実に愚かな行為にほかならず、これらを無くす努力をしなければなりません。

これまで本館1階の玄関ロビーには、県立ミュージアムから、学期ごとに一枚の絵を借りて、展示してきました。このたび、縁あって、高松市にお住まいの高橋フクヱ先生から、一点の絵画の寄贈を受けました。タイトルを「オリーブの丘」と言います。三年前の2008年、日本美術展覧会でみごと入選を果たした作品です。小豆島に数多く栽培されているオリーブの木々に茂る緑の葉や成熟を前にした実の合間から望む穏やかな瀬戸内海の風景が描かれています。オリーブは、モクセイ科の常緑樹で、初夏に白い小さな花をつけます。私たちのふるさと香川県の県木であり、県花でもあります。それとともに、オリーブは、平和の象徴ともされていることをお話ししておきたいと思います。

生徒の皆さんには、平和を願うこの絵の意図を十分に理解していただき、今日からの2学期の学校生活の中で、身近なところの平和を実際に実践してくれることを期待して、第二学期始業式の言葉といたします。

平成23年9月1日


平成23年9月12日 全校朝礼 校長講話

昼間は強い陽ざしで汗ばむこともありますが、朝夕はめっきりと凌ぎやすくなりました。9月に入り、はや10日余りが過ぎています。第2学期の始業式では、最初に、お願いをしましたが、一日一日の学校生活に、精いっぱい取り組んでくれているでしょうか。

2学期の始業式では、次に、8月のことについてお話をしました。戦争のことと平和のことでした。今朝の講話では、さらにその前の月、つまり、7月の出来事に関して、お話をしておきたいと思います。お知らせするのが少し遅くなりましたが、第1学期の終業式の日の午後、国の気象庁長官から、一枚の感謝状が、私たちの農業経営高等学校に贈られました。本校が、長年にわたり気象観測業務に協力し、その功績が認められたというものです。

皆さんもご存じのとおり、万塚農場には大阪管区気象台の気象観測装置アメダスが設置されています。学校の歴史を紐解いてみますと、昭和43 (1968) 年のことです。その年、「香川県立主基高等学校」であった私たちの学校の名称は、現在の「香川県立農業経営高等学校」に改められました。ちょうどその年にこの気象観測装置が設置されたことが記されています。当初は、拓心寮A棟南側 (太鼓場の西側) の日本庭園の中に設けられていたようです。今から40年以上も前のことですから、観測機器は現在ほど自動化・精密化しておらず、当時は、多くの先生方や卒業していった寮生たちが、様々な形で協力しながら、気象観測業務が行われていたと聞いています。

その後、現在のアメダスとなり今の場所に移るわけですが、この間、実に43年間にわたり滝宮での気象観測業務は続けられてきました。日頃、天気予報を見るたびに、滝宮のデータが、必ずテレビ画面などに現れてきます。その仕事ぶりは、派手であったり、華やかであったりするようなものではありません。地味ながらも、毎日毎日、いや、時々刻々、決められた幾つかの項目について、着実・確実にデータを観測し、それを一日、一瞬たりとも欠かすことなく、コツコツと積み重ねているのです。

今月2日の金曜日から4日・日曜日にかけて、台風12号が四国から中国地方に上陸しました。今の時代、アメダスをはじめとする観測技術が高度に発展し、気象学も発達していることなどから、台風が接近したときのコースや勢力などは、かなり正確に予測できるようになっています。これにより、気象警報が発令され、災害から人間を守り、被害を未然に防いだり、最小限にとどめたりするための対策を講じることが、随分とできるようになってきています。それでも、全く問題がなくなってしまっているわけではありません。今回の台風も、予想以上に速度が遅くて、大雨が降り続く地域もあり、甚大な被害が出ているのが残念な現実です。

今でさえそういった状況ですから、ましてや昔は、人工衛星や雲のレーダー画像などもなく、夏から秋にかけてやってくる台風は、人間にとって極めて恐ろしい存在でした。しかも、台風が来襲する時期は、わが国の重要な農作物であるイネの生育において、ちょうど、開花から受粉、そして収穫時期に当たります。台風がそのような大事な時期の前に来るか後に来るかで、その年の努力が水泡に帰してしまうかも知れないわけですから、心配や不安は限りがありません。このため、人々は江戸時代ごろより、それまでの長い歳月を通じて経験的に台風がやってくる確率が高い日として「二百十日」という日を割り出し、それを暦に載せて、警戒を促していたのです。

「二百十日」とは、立春の日から数えて210日目の日ということから名付けられたものです。立春は24日頃ですから、それから210日目となると91日頃となります。科学的な根拠はありませんが、今年は、まさにどんぴしゃり、嵐がやってきてしまいました。同じような名前の由来がある暦日として「八十八夜」や「二百二十日」があります。「八十八夜」は立春から数えて88日目、52日頃となります。これは遅霜が発生する時期で、農作物に大きな被害が発生することもままあります。それゆえ、農家に注意を喚起するため、暦の上に記されてきました。「二百二十日」は、「二百十日」と同じで、これも台風がよくやってくる頃とされています。

長年にわたるアメダスのデータ蓄積などにも支えられ、より的確な気象予報が出されるようになってきています。それでも、台風をはじめとして、ほかにも地震など、人間が、まだまだ及ぶことができない未知の大きな力が自然のそこかしこには潜んでいる、と言わなければなりません。

このたびの気象庁長官表彰を機会に、生徒の皆さんには、アメダスの働きぶりのように人目につかない小さなことでも、根気強くコツコツと長期間にわたり積み重ねることこそが、実は社会に大きな貢献を果たす、ということを知り、実践してほしいと思います。それとともに、人間は自然の全てを知り尽くし、支配できるわけではなく、むしろ、偉大な自然の前には、まだまだ、小さな存在にすぎないということにも気付いてほしいと思います。そうであるならば、昔からの言い伝えにも耳を傾けながら、私たちがその中に包まれる自然に対して、謙虚に向かい合う姿勢を忘れないでほしいと願うものです。折しも今宵は、中秋の名月。澄み渡った夜空にうかぶ月を眺めながら、そのような思いをめぐらせてみるのもよいかも知れません。

最後に、今日、紹介した感謝状は、副賞の品(これは、気圧計と温度計、湿度計が一体になったものです。)とともに、本館1階正面玄関のガラスケースの中に陳列しております。是非、一度ご覧頂くよう紹介させていただき、今朝の講話を終えることとします。



平成23年度 2学期終業式 式辞


 平成23年、西暦では2011年というこの一年も余すところ10日程となり、今日は、第2学期の終業式を迎えることとなりました。

 この一年を振り返るとき、311日の東日本大震災を忘れるわけにはいきません。宮城県沖に発生した巨大地震がわが国を根底から揺さぶったのでした。その被害は、地震の揺れによるものに加え、津波・火災・液状化現象、さらには原子力発電所事故・大規模停電など多岐に渡りました。大津波を受けた東北地方太平洋沿岸を中心に関東から北海道までを含む広い範囲で死傷者が出る大惨事となりました。死者・行方不明者は2万人に近づくという多さで、これは、第二次世界大戦後としては最悪となる自然災害です。あれから9ヶ月を経た今でも、行方のわからない方が3500人近くいます。お正月を前にして自宅を離れざるをえない避難者は、実に33万人に及んでいることを忘れないでほしいと思います。

 自然災害に関しては、数多くの台風も、日本列島を襲った一年でした。529日の日曜日には台風2号の影響で県内に警報が出され、寮生の中には帰寮を心配した人がいたかも知れません。また、第1学期終業式前日の719日は台風6号が接近し、通生には自宅待機をお願いしました。さらに、第2学期に入ってすぐの92日には台風12号が接近し、午前11時で授業を打ち切りましたし、920日・21日の二日にわたり台風15号が猛威を振るい、通生は自宅待機、寮生は終日寮課題に取り組むといった事態も起こりました。これらの台風被害は甚大で、多くの人命が失われたほか、台風12号では紀伊半島で河川が氾濫するなどの大雨被害が出たり、台風15号では首都圏での電車運休により帰宅難民が溢れたりしたことは、記憶に新しいところです。

 私たちは、今年一年、このような自然の猛威に何度か晒されてみて、あらためて、自然が持つ大きな力に恐怖を感じたり、或いは、畏敬の念を覚えたりしたのではないでしょうか。圧倒的に強大な自然の力を目の当たりにしたとき、人間の姿は、悲惨で、繊細な存在としか映らなかったと言わざるを得ません。地震や台風に対して、人はなす術がなく、その猛威の前に、ただじっと堪え忍ぶことしかできなかったのです。科学技術が次々と進歩し、工業化が著しく進展するなかで、自然も含めこの世の全てを人間が統御できる、というような思い上がりは無かったでしょうか。人間が「主」で、自然が「従」であるといった考えに陥ってはいなかったでしょうか。

思い起こせば、わが国は、第二次世界大戦後、科学技術の進歩に支えられる経済成長を基盤に発展を続け、国際社会では経済大国となりました。これと並行して、人々の生活では、特に高度成長期と呼ばれる195565年以降、大量生産・大量消費を美徳として、電化製品・自動車・情報機器などの物質文明に価値が置かれてきました。私たちは、お金やモノという豊かさをよりたくさん手に入れようとする生き方を追求してきたのです。前の年に比べてどれだけ増えたかという「前年比プラス」の右肩上がりの成長実現を目指す道を、ひたすら突き進んできたのでした。

このような社会を背景として、農業の分野においても工業化が進んだと言われています。トラクタやコンバインなどの大型機械が石油を燃料として圃場を走り、科学技術の成果により工場で生産された肥料や農薬が大量に投与されるようになったのは、ここ2030年のことです。今では、大量生産・大量流通という消費社会の要請から、野菜のタネまでが、それまでの在来種(固定種)から一代雑種(F1)に代わりつつあると聞きます。かつては、全国各地で、その土地の気候風土にあった野菜が在来種(固定種)と呼ばれるタネにより、それぞれに栽培されて、食されていました。しかし、現在では品種改良により、野菜のタネは、いわゆる「有望品種」へ集約されたり、大量流通・大量消費という流れの中で経済栽培に適した一代雑種(F1)に移行したりしています。

万塚農場の野菜部門では、多くは一代雑種(F1)による野菜の生産を行っています。その一方、在来種(固定種)のタネを用いる伝統野菜の栽培も行われています。脈々と受け継がれてきた、愛着ある郷土の品種を守り続けているのです。例えば、トウガラシ。品種としては、一代雑種(F1)の「鷹の爪」などが一般にはよく知られていますが、本校では「香川本鷹(さぬき本鷹)」という伝統野菜品種の苗作りを手がけています。ナスでは「三豊ナス」の苗作り。このほか伝統野菜として「さぬき白瓜」や「さぬき長莢」を栽培しています。タカナ類の一種の「万葉」を知らない人はいないと思います。これも伝統野菜です。東讃では「万葉」と呼ばれていますが、中讃では「千葉」と呼び名が変わります。これが西讃に行くと「百貫」と呼ばれ、東讃で言うところの「まんばのけんちゃん」は、西讃では「百貫の雪花」と呼ばれているそうです。これらの伝統野菜は、経済栽培には向かないことがあり、市場に出回ることは少ないかも知れませんが、地元の人々はその恵みを美味しく頂くことができるのです。

農業は、人間が統御することができない自然を相手にするところから始まっています。農業には、人間は自然を統御することができないという発想が根底に流れているのです。私たちが毎日天気をみながら、天気に左右されて農作業に取り組むように、農業の生産活動では、地形や気候などの自然的要因に影響されながら、豊かな大地に対して知恵と汗を絞って働きかけ、動植物をはじめとする数多くの命を育て、食料を生産しています。現在では、農業が対象とする分野は、生物生産に限られることはなく、自然環境や国土の保全、水源涵養や景観維持などまでをも含め、自然と共生するために、広い範囲に及んでいます。

言うまでもなく、人間も自然界の一員です。陸や海、土や水、光や風、さらには動物や植物など様々な生きものとともに、人間もこの地球上で共存していかなければなりません。今後、人間だけの経済的な成長を最優先する考え方や行動を考え直して、地球規模の環境問題や食料問題の早期の解決のためにも、私たちは周りの環境や生きものに目を向け、自然と人間が調和した環境や暮らしをつくっていくことが必要と考えられます。これからの時代の私たちは、自然の前に、まず、謙虚に佇むという姿勢が、従前にも増して求められていると思います。

 いつもの年は1225日から冬休みとなります。今年は、明日の祝日に続いて土曜・日曜となる関係で、少し早く冬休みが始まります。新しい年に入り、新年は、18日から学校が始まるところ、この冬に限っては、これも曜日の配列で、110日の火曜日が始業式となります。長めの冬休みです。

新しい年を迎え、少し長めのこの冬休みの期間に、生徒の皆さんは、これからの自然と人間のかかわりについて思いを巡らせてほしいと思います。そして、自然と調和し、共存できるような生き方を、身近なところから具体的に実践してくれるようお願いして、第2学期終業式の式辞といたします。

 どうぞ、よいお年をお迎えください。

 平成23年12月22日

平成23年度 第3学期始業式 式辞

 

  新年、あけましておめでとうございます。

 年が改まり、平成24年という一年が始まりました。この新しい歳は、西暦で言いますと2012年です。それゆえ、今からちょうど100年前が西暦1912年となりますが、この西暦でいう1912年は、私たちの国の歴史のうえで「大正」という一つの時代が始まった年に当たる、ということを知っておいてほしいと思います。つまり、1912年が大正元年(1)となるわけです。

  私たちの国は、江戸時代に鎖国を続けていました。そのような江戸時代に別れを告げて、近代国家としての道を歩み始めたのが「明治」という時代でした。「明治」という45年ほどの歳月のなかで、日清戦争・日露戦争という二つの大きな戦争を経ながら、私たちの国は国際社会の舞台へと駆け上ったのです。昨年の暮れまで3年間にわたり、都合12回に及んでNHKで放映されたテレビドラマ『坂の上の雲』は、司馬遼太郎という作家が著わした歴史小説が原作で、そのような「明治」という時代の様子がよく描かれていると評されています。

 「明治」を終えた日本は、「大正」という時代に入ります。まずは、安定した近代国家となり、また、国際社会において、それまでのなかでは最も盛んな地位を占めるようになったころのことです。この「大正」という時代は、よく民主主義が行きわたった時代である、と言われています。

 私たちは、しばしば「大正」に続く「昭和」という時代の20年目、すなわち1945年、これは第二次世界大戦(太平洋戦争)が集結した年となるのですが、それより前は、ややもすれば、すべて軍国主義化した独裁政治の時代である、と思いがちです。しかし、実は、そうではありません。この「大正」という時代には、本格的な政党内閣が成立したり、成年男子による普通選挙運動や婦人参政権運動が活発化したりしています。このため、この時代を象徴する「大正デモクラシー」という言葉は、忘れられることなく、時を経て、今日に伝えられているのです。

 同時に、「大正」という時代は、産業面で重化学工業化が進み、都市に住む住民が増加し、教育が広く国民に普及した、と言われています。人々の食事や服装をみると、和食や和服から洋食や洋服に替わって行き始めたのも大正時代のことと言われています。今年も、お正月に行われた東京箱根間往復駅伝競走、いわゆる大学の箱根駅伝が始まったのも大正時代のことです。ですから、大正時代は、生活やスポーツなども含めて、自由な考え方や自由を尊重する試みが行われ、のびのびとした「大正ロマン」と呼ばれる文化が花開いた時代、とも理解されています。

 このように民主主義に向けて一般市民の意気が揚がり、自由を求めて躍動感が高まる「大正」という時代が始まって4年目に当たる大正4(1915)年に、大嘗祭主基斉田を永久に記念するため開校したのがほかならぬ香川県綾歌郡立主基農林学校でした。もちろん、今の私たちの農業経営高等学校の前身です。

 最初にお話ししたように、大正という時代が始まって既に100年が過ぎました。平成24年は、大正で数えれば101年。私たちの国で、民主主義や自由が本格的に国民の間に浸透しはじめてから、第2世紀に足を踏み入れたこととなるわけです。私たちの農業経営高校も、今年で創立97年。節目となる100年目まで、いよいよ、あと3年と迫ってきています。

 ところで、この一年は、辰年とも言い表されています。年賀状の図柄には、多く「龍()」が、使われていたことと思います。現代では、十二支を示す文字には、「子(ねずみ)」から始まる動物が割り当てられています。しかし、元来、十二支は、このような動物を意味するものでは無かった、とも言われています。もともとは、草や木が種から生長して、花を開き、実を結ぶまでの間のさまざまな段階や姿を12に分類して、それらを12の文字で表現されていた、とする有力な説があります。この考え方によると、今年の「辰」は、「動いて伸びる」あるいは「整う」という意味で、草や木、さらには動物など命ある生き物が、ぐんぐんと盛んに伸びて、次第にその姿や形を整えていく状態を表すもの、と解釈されています。

 大正から数えれば101年目にして、本校創立100周年を間近とするこの1年、本校設立当時の「大正」という時代の自由で民主的な社会背景にも思いを馳せながら、その時代に生まれた本校のよき伝統と校風をさらに発展させてくれることを心から願うものです。そして、生徒の皆さんには、辰年でもあるこの一年、それぞれが、ますます盛んに成長して、豊かな個性や人格を確立してくれることを期待して、年頭並びに第3学期始業式の式辞といたします。


 平成24年1月10日




平成22年度 卒業証書授与式 式辞

 主基の丘に紅白の梅がほころび、凛として梅一輪、一輪ごとに暖かさを増す早春のこのよき日に、香川県教育委員会より細松英正教育長をはじめ、香川県議会を代表され香川県議会議長代理・香川県議会議員/水本勝則様、綾川町長/藤井賢様ほか、多くのご来賓並びに保護者の皆様のご臨席を賜り、ここに、平成22年度香川県立農業経営高等学校卒業証書授与式を厳粛に挙行できますことは、この上ない歓びでございます。
 本日、卒業を迎えた110名の皆さん、本当におめでとうございます。また、卒業してゆく皆さんを支えてこられたご家族や関係の方々にも、心からお慶びを申し上げます。卒業生の皆さんは、全ての課程を修了し、栄えある卒業証書を手にしました。それは、ただ、学業を修めたというにとどまらず、3年間の高校生活を通して、多くの友人を得、尊敬すべき人に出会い、社会との様々な関わりを深めて人格を陶冶し、おおらかな人間性とたくましい生き方を身に付け、独立した個人として、立派に成長したことをも意味するものと言わなければなりません。
 この3年間を振り返ってみれば、多くの歓喜のみならず、夏の猛暑あり冬の酷寒あり、苦しいことや辛いこともあったはずです。しかし、それらを乗り越え、今日に至った皆さんには、責任ある若人としての自信と誇りを持ってほしいと思います。これからも「照于一隅」という校訓を胸に、自らの役割を誠心誠意果たしながら、洋々とした未来に向かい、堂々と自らの道を歩んでくれることを期待します。
 さて、農業は、これまで自然と直接的なかかわりを持ちながら、自然の摂理に従って、自然と共存しながら、人類が生存していくために欠かすことのできない食料を生産してきました。また、衣服や住居を作るため必要な原材料を供給するという機能も果たしてきたところです。同時に、豊かな文化を形成し、村落など共同体の発展に貢献するとともに、水や生態系の維持管理といった国土や環境の保全も担ってきたのです。このように崇高な農業の意義と役割は、今後も変わることがないと信じています。
 私たちが歩み始めた21世紀は、その初頭から、人類全体が新しい共通の問題に直面しています。食料、水、環境をはじめ、資源、エネルギーなど人類の生存に必要な基本的な条件に翳りが見えはじめ、その持続可能性が懸念されているのです。さらに、これらの諸課題には、人間の叡智と精進のみで対処できるものではないと考えられていることも、大きな問題であると指摘されています。
 折から国際連合は、昨年を「国際生物多様性年」とし、ヒトも、地球上の数多の命の一つにすぎず、他の命とつながりあいながら暮らしているという自明の事柄の啓発に努めました。引き続く今年は「国際森林年」を提唱し、森林など自然環境の保全についての認識を高めようとしています。これはすなわち、近代における自然や生命、農林業に対するこれまでの価値観の大きな転換が求められているのです。既に、本校では、生徒の皆さんに、農業に関する専門的な知識や技術を学ぶなかで、自然を愛し、生命を尊び、仕事には愛をもって励むことができる力を培ってきています。「農業は人類文化のゆりかごである」という格言どおりに、そのような皆さんにこそ、この転換期を乗り越え、新しい文化を導き、よりよき未来の人間社会を築く魁となる期待が寄せられているのです。
 もちろん困難も生じるかも知れません。それでも、全校生で鑑賞した今年の映画教室の主人公「きな子」のように決してあきらめたり投げ出したりせず、あるいは、いつの日かの講話で紹介したノーベル賞受賞者、根岸英一さんによる「大きな夢を持ち、ただしくその夢を追う。」という言葉を忘れず、健やかに次の第一歩を踏み出してくれることを願っています。
 今日はいよいよお別れですが、これは決して悲しむものではありません。意欲と希望と期待に満ちた別れなのです。私たち教職員一同は、この主基の丘で結ばれた皆さんとの絆を今後も大切にしながら、皆さんの活躍を見守り続けたいと思います。
 卒業生の皆さんの無限に開かれた前途を祝いつつ、また、ご来賓の方々をはじめご臨席の皆様方の益々のご多幸を祈念いたしまして、式辞といたします。
 平成23年3月1日

平成22年度 第3学期終業式 式辞

 あれから1週間が経ちました。先週の金曜日午後2時46分、現代社会に生きる人間がだれ一人として経験したことのない超巨大地震が、東北地方・関東地方を中心とする東日本の広い地域を襲いました。マグニチュードは9.0、最大震度が7という想像を絶する破壊力で、この地震により引き起こされた大津波は、太平洋に面する沿岸各地に広く押し寄せ、分かっているだけでも一万人を超える貴重な人命が失われてしまったのです。
 この地震による揺れの激しさや各地に押し寄せた津波の様子は、繰り返し、繰り返し、テレビで放映されるのですが、目を背けたくなるようなものばかりでした。生徒の皆さんも、おそらく見たことと思います。黒く濁った泥水のような海水が大量になだれ込み、瓦礫と混ざり合いながら濁流となって陸地をどんどん進み、田や畑、ビニールハウスなどを次々と呑み込んでゆく映像。また、船や自動車を軽々と勢いよく押し流しながら、建物や家屋を次々と破壊していく映像。これまで幾多の人間が長い歳月をかけて築きあげてきた街や村や農地が、こんなにも簡単に壊され、そしてそのあとには何も残らなくなってしまう様子に、ただ言葉を失ってしまうばかりでした。
 農業という産業は、自然と直接かかわりながら、自然の摂理に従い、自然と共存して、人類が生存していくために欠かすことができない食料を生産しています。農業にかかわる中で、自然を尊重し、自然に畏敬の念を抱いてきたつもりの私たちでしたが、科学や技術の発達を過信して、驕りはなかったのか、昂りはなかったのかと省みる必要があるのではないでしょうか。このたびの災害により、あらためて自然の猛威と天変地異の脅威を思い知らされた気がします。近年では人間中心の科学万能主義という姿勢や態度は影を潜めつつありますが、私たち人間は、自然の前には、とても小さな、弱い存在にしかすぎないということをあらためて認識する必要があります。そして、人間は、自然に対して謙虚さを保ちながら、よく考えて知恵を働かせ、お互いに支えあわなければならない存在であることを忘れてはならないと思います。
 この大災害は決して他人事ではありません。同様の大地震の発生は、私たちが住んでいるこの四国地方でも、東南海地震や南海地震として、相当の確率で発生することが懸念されています。学校では、私たち自身の備えとし、防災訓練を毎年繰り返しているところですが、私たち自身の警戒を怠らないようにしなければなりません。
 また、同じ日本というこの国で起こった大きな災害に、今この瞬間にも、苦しみ、耐え忍んでいる方が何十万人もいます。先週の大きな災害の傷跡がいまだ癒えない今、世界中の各国から、また、日本中の各地から、救援のために人や物資が続々と届けられています。本校でも、既に、生徒会の皆さんが、本館・玄関の事務室前に募金箱を設置し、活動を始めています。心から有り難く、敬意を表したいと思います。これ以外にも、当面、私たちにできることは何か、しなければならないことは何か、それぞれの立場で考えて、被災地で苦しんでいる大勢の人々とつながるために、手を差し伸べてくれることを期待します。
 第3学期の終業式に当たり、本来は、生徒の皆さんに、この1年間を振り返るとともに、新しい学年への決意を新たにしてもらわなければならないのですが、今年に限っては、皆さん一人ひとりを信頼し、お願いしておくにとどめておくこととします。
 ここ数日、寒さが戻り、雪の舞う日もありましたが、いよいよ春がやってきたなと感じます。花のまだまだ少ないこの時期、私が学校まで通勤する経路の途中に、鮮やかな黄色の小さな丸い玉のような花をつけ始めた一本の木があります。ミモザの木です。ミモザの木は、常緑の緑の葉の先に、誰の目にも飛び込んでくる真っ黄色の花をつけ始めることで、毎年、私たちに春の訪れを知らせてくれます。
 長い歳月を生きていると辛いことや苦しいときも数多く経験します。しかし、そんなことばかりが続くことはありません。冬が過ぎれば、必ず春が来るように、嬉しいことや楽しいときが、いつかは間違いなく訪れるのです。生徒の皆さんにとって、また、被災地の大勢の方々にとっても、4月からの新しい年度が明るく輝く一年となるために、明日からの春休みは、その第一歩を力強く踏み出せるような準備もお願いして、第3学期の終業式の言葉とします。
 春たけなわ、黄色に輝くミモザの花がたわわに咲きほこるころ、また、お会いしましょう。
 平成23年3月19日



TOPへ戻る   新着情報へ戻る