今回は前回にひき続いてこどもの権利条約の続きを紹介します。内容は第1条こどもの定義、第2条差別の禁止、第3条こどもの最善の利益などです。また、1年の同和教育LHRで実施した、いじめに関するアンケートの結果の一部を紹介して人権について考える手立てにしてもらいたいと思っています。
第1条 何歳まで”子ども”なの?
この「子どもの権利条約」にある”子ども”っていうのは、
18歳より年が下の人のこと。
だけど、住んでいるところの法律で、
18歳より年が下でも、”大人”になっちゃった人は、
その中には入んない。
よく、ぼくは”ぼくら”とか、”ぼくら子ども”とか言うけど、
それも同じ意味だ。
第2条 だから、差別なんかだめなんだってば。
1 ぼくら子どもや、そのお父さんお母さん
(あるいはそれに代わる人)が、
どんな髪でもどんな目でもどんな顔でも、
どんな肌の色でもどんな体でも、
男でも女でもどっちでもなくても、
どんな言葉をしゃべっても、どんな神様を信じても、
どんな考え方をしても、どんな国のどんな家に生まれても、
金持ちでも貧しくても、
体のどこかが不自由でも、心がうまくはたらかなくても、
この約束に出てくる”やっていいこと””してもらえること”は、
みーーーんなおんなじなんだ。
2 ついでに、
ぼくら子どものお父さんお母さん、それに代る人や家族が、
「こういうことを言った」
「こういうことをした」
「こういうことを考えた」
などなど、そんな理由で、
ぼくらがなかまはずれにされたり、
ばつをうけたりしないように、
できることをぜーんぶやるのも
国の役目。
第3条 子どもにいちばんの幸せを、ね。
1 法律をつくるとき、
法律に合わせて何かするとき、
何が”いいか”か”わるい”か決めるとき、
そのほかいろいろあるけど、
ぼくら子どもについて
大人が何かするときは、
ぼくら子どもにいちばんいいように、
ということをまず考えてほしい。
2 お父さんやお母さんやそれに代わる人、
そのほか子どもに”しなきゃいけないこと”がある人、
そんな人たちみーーーんなが力を合わせて、
ぼくら子どもが幸せになるように、
護ったり、育てたり、そのほかいろいろしてくれる。
国はその人たちと協力して、
ぼくらを護るために、できることは全部してほしい。
3 ぼくらのために、保育園や学校や保健所や少年院とか、
いろいろなところや仕事がある。
そこでぼくらがケガをしたり、病気になったりしないように、
心と体が元気に育っていけるように、
また、そこで働く人が少なすぎたり、
子どものためになることをしてなかったり、
ということがないように、
国はちゃんと決められた基準を
守ってほしい。
第12条 ぼくらだって、言いたいことがある。
1 赤ちゃんのうちはむりかもしれないけど
少し大きくなったら、
自分に関係あるすべてのことについて、
いろんな意見、思い、考えをもつ。
それはみんな、
どんどんほかの人に伝えていいんだ。
国は、大人たちがぼくらの年や成長をしっかり考えて、
きちんと受けとめるように、してほしい。
2 だから、ぼくらは、自分にかかわりがあることを、
住んでいる国の法律に合うやり方で、
裁判所などで何かを決めるとき、
言いぶんや意見を十分に表現して、聞いてもらえるんだ。
自分で言ってもいいし、
ほかの人にたのんで代わりに言ってもらってもいい。
第13条 どうやって伝えてもいいんだ。
1 ぼくら子どもが、
何かを考えたり、感じたりして、
それをほかの人に伝えたいなら、
どんな方法で伝えてもいいんだ。
しゃべってもいい。うたってもいい。
紙に書いてもいい。印刷でもいい。
絵にしたり、ものをつくってもいい。
そのほか、数えきれないくらいいっぱい方法はあるけど、
いちおうそれ全部いい。
ついでに、
国境なんて関係なく、
いろーんなことや、いろーんな考え方を、
知りたいと思っていい。
それを知っていい。
知ったあとだれかに伝えても、もちろんいい。
2 だけど、
”やっていいこと”には
限界(ここからは、できないってこと)もある。
その限界は、法律で決まっている。
ほかの人の”やっていいこと”のじゃまになったり、
人をわけもなくわるものにしたり、
国の安全やみんなの心や体にわるかったりする伝え方は
できないんだ。
小学館から出版されている「子どもによる子どものための子どもの権利条約」から中心的なところを抜粋して紹介してきました。関心のあるひとは一度読んでみるといいと思います。大人でさえ、自分の体と心と暮しを守っている社会的なきまりを知らなければ、弱い。もっと受け身で無防備な子どもだと、なおさらです。やはり、国の法律や国際社会の約束をきちんと知る必要がある。(イーデス・ハンソン)子どもであっても社会の一員なんだからいろいろな権利は当然認められています。でも子どもは正当な権利を正当に意見表明するやりかたを学習していないし、われわれ大人もそんな社会に慣れていません。未来の大人であるいまの子どもが将来大人になったときに、子どもが生きやすい社会を目指せるように願っています。
1年生196名の回答中37名のひとが今までにいじめにあったと答えており、そのなかで11名のひとが
「自殺」を考えたことがあると回答しています。小学校、中学校と過ごしてきて19%ものひとがいじめ
を経験しているとはおどろきました。いじめはいじめるひとの心の問題です。
ふつうの子がいじめをするのはどうなんですか。
その子も、そのときだけ一時のこころの病気のようなものだと考えればいいね。こころの成長に関わりがあることで、誰もが、その病気をする。子どもは誰もがみんな不完全な自我を抱えているんだ。でも、成長するうちに、それを克服していく。ところが、なかなか成長できない子どもがいる。ハシカをこじらせたようなものさ。彼は、さまざまな紆余曲折をへて、そんな子どもになったのだ。
つまりは、誰もが少しのあいだはいじめをするが、いつまでもいつまでも繰り返していじめをするのは、こころの病気の症状として、するのだ。そういいたいのでしょう。
その通りだよ。 岩波ジュニア新書 いじめを考える なだ いなだ著