NO.6
1996.5.29

昨年度に引き続き、今年度も同和教育部では人権だより「ヒューマンライツ・ノート」を発行します。いろいろなテーマで人権について、みなさんと一緒に考えたいと思っています。感想や意見など是非お寄せください。

さて、私たちはよく「人権尊重」「私の人権」などと言いますが、人権とはどういうことでしょうか。それは、その人がその人らしくその人の考え(信念)にしたがって生き、誇り(人間の尊厳)を持って前向きに生きていくために、なくてはならないもっとも大切なものです。人間の尊厳をあらわす"Human Dignity"は、古代ローマの言葉であるラテン語の"そのものにふさわしくある"という言葉に由来しています。イーデス・ハンソンさん(アムネスティ日本支部長)は、「人権とは、日本語でいえば、人間がメチャクチャにされないためのものだ」と明言されました。

人間として生きたい、自分らしく生きていきたい、という期待や望みはだれもが持っています。また、健康で長生きしたいとか、安定した仕事につきたいとか、愛する人と幸せな結婚をしたいなどと願わない人もいません。このような私たちの願いや希望が、基本的人権の根底になっているのです。

かつて、フランスのルイ14世やロシアのピョートル大帝のような専制君主がいました。文句を言わさない絶対的な力(これが権力です)を持って、民衆を思いのままに従わせ−従わないと殺されます−支配したのです。このような強者の自由気ままに対して、弱者の民衆はたまりかねて「これ以上はがまんができない。私たちにも言い分がある」と手を結んで立ち上がりました。そして、連帯した多数の民衆が「集会、結社及び言論、出版その他の一切の表現の自由」権などを、相互の契約として闘いとっていったのです。人間の尊厳を守るために、国家の権力を持ってしても奪うことができない権利があることを、人々は互いに確認しました。そのために、おびただしい血が流され、長い年月がかかりましたが、「自分が自分でなくなること」に対する恐怖感をテコにして、人々が国家の基本法である憲法を作り、権力といえども干渉できない自由・平等を勝ち取ったのです。こうして生まれた少数の強者の勝手気ままを多数の弱者の連帯の力によって防ぎ、人権を守る政治のあり方を民主主義といいます。

では、なぜ人間の場合、人権を尊重しなければならないのかを考えてみましょう。地上の生き物は、すべてこの世に一回だけ、ほかと代わることのできない唯一の、したがってかけがえのない存在として生まれてきます。そして、その中でもヒトは、本能や他からの強制によらず、自分の考えや判断にもとづいてものを言い、行動し(いまここで何をすればお互いに良くなることができるかを選ぶ)、人間としての誇りを持って生きる能力を持っています。そして、お互いに自分の考えを出しあって話し合い、討論し、意見を戦わせることで人間は変わることができます。その人の意志で変わるわけですから、頭がよいとか悪いとか、社会的地位があるとか、最終学歴がどうだとか、そのようなことにはまったく関係なく、世界でただひとつの尊いものなのです。たとえ、一生の間悪いことばかりやってきたとしても、その人は最後の瞬間に最高の良い選択をするかもしれません。ですから、どんな人でも切って捨ててしまってはいけません。また同様に、他者を絶望させてはならないのです。

しかし、私たちの身の回りには、まだまだいろいろな形で人権が侵されている実態があります。それは、実生活の中でお互いに人権を尊重しあうことが定着していないからです。私たちは自分の身の回りをもう一度見直してみましょう。(「高校生の同和問題学習」香同教高校部会第3ブロック研究会発行より)
1学期の同和教育LHRの予定
1年 5/29(水) 人権について考える
2年 6/26(水) 同和問題について考える
3年 6/12(水) 部落解放への歩み2
7/17(水) 同和問題の現状と課題

 

保護者の方へ

 
5/15のPTA総会お疲れさまでした。本校では、人権だよりを年に数回以上発行
する予定です。人権に関するもの、学校での同和教育の内容や生徒の感想など、いろ
いろな角度から紙面を構成したいと考えています。つきましては、保護者の方からも
ご意見やご感想をいただき、人権だよりが保護者と学校の架け橋になればと思います
ぜひご意見やご感想をお寄せください。

担当 石川茂行