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卒業式

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↑合宿恒例ハードペッパー。今年は(も!?)どしゃぶりでした。


今日は小豆島高校の第64回目の卒業式でした。


野球部からは7人の生徒が卒業しました。


卒業式後、中庭で野球部としての簡単な送別会をさせてもらいました。

今回卒業する3年生の高校野球人生はいろいろなことに挑戦し続けた2年半でした。

最初練習に参加していたのは4人。入学式後、選手2名とマネージャー1名が入部し、7人となりました。

1年生の時、上級生は3年生が5人(うち1人はマネージャー)、2年生4人という状況でした。上級生の選手自体は8人だったということもあり、入部してすぐ練習試合などに出っぱなし。練習ではみっちり基礎練習、試合ではすぐに応用を求められる。しかも相手は自分たちよりも身体の大きい上級生という中、毎日必死に練習しました。

しかし、練習試合はひたすらに負け続けました。

1年生の夏の大会は初戦でコールド負け。その後選手10人、マネージャー1人で新チームがスタート。

この1年生の夏休みに始まった練習がY-Stretching。当時、教員として在籍されていた新体操が専門の谷本ゆかり先生から教えて頂いたストレッチ。これが現在でも一番地味で、一番しんどいメニューかもしれません。それらを取り入れ、練習を重ねました。


しかし、迎えた秋季大会は初戦敗退。エラーやボークなどのミスが続き、全く思うような試合が出来ず、長い冬を迎えることになりました。

秋季大会後、目標を見失いかけたとき、「コンフォートゾーン」という話を聞きました。


それから各個人が自分なりに目標を立て、それを達成すべく必死に取り組み、自分自身の限界に挑戦ました。


ハードなウエイトトレーニングを行い、本気で身体を大きくしようともがきました。

迎えた2年春。


公式戦で初勝利をあげました。この時から公式戦勝利=勝ちうどんを食べに行くという小豆島高校野球部の新しい伝統がスタートしました。


春季大会は3回戦で敗退し、夏に向けてスタートを切りました。


この頃から小豆島高校野球部が本当に甲子園という目標に向かって取り組み始めたのかもしれません。


そして2年生の夏。


準々決勝で敗退。力を出し切った3年生に対し、2年生の多くは力を発揮しきれませんでした。引退していく3年生を見て、自分たちの力不足を痛感しました。

そして最上級生となり新チームがスタート。1つ下の学年は8名(選手6名、マネージャー2名)。選手12名、マネージャー3名での再スタートでした。


2年生の夏休みは前年以上にハードなトレーニングを重ねました。トレーニングをしては練習試合というサイクルで進む1ヶ月。練習試合で結果が出ず、涙を流す選手や、練習に対する不平・不満を表す選手もいました。しかし、全員でなんとか乗り越えました。

2年生秋の大会。準々決勝で高松商業にサヨナラ負け。9回1死まで1点差で勝っていたにも関わらず、勝利を掴むことができませんでした。

しかし、敗れた高松商業が秋季大会を制覇したことで、意識は大きく変わりました。私たちでも通用するのではないかと。


あと1歩届かなかった。その1歩を埋めるのではなく、100歩先へ行く!


「All-out(やりきる)」のテーマのもと、前年以上に激しく、かつ科学的根拠に基づいたトレーニングを積み重ねました。自分の限界を伸ばすべく、そして他校に追いつき追い越すために必死に自分自身に挑戦し続けました。チームの平均体重は6キロ増加しました。


そして迎えた3年春。5つの勝利を重ね、小豆島高校史上初となる優勝を勝ち取りました。すべては、これまでの常識や概念にとらわれないということに挑戦し続けた成果だったと思います。


春の大会以後、夏甲子園に出場するためにもう一度挑戦することを決意し、練習を重ねました。残念ながら甲子園出場はなりませんでしたが、今まで「夢」だった甲子園出場が「目標」であるということを後輩に伝えてくれたと思います。


合言葉は「Be cool super agressive,and Plunder the Bases,Bury the booty!!(頭はクールに、プレーは超積極的に!得点を重ね、勝利を掴め!!」。“小豆島高校野球部=Team Pirates”にふさわしい、何事にも積極果敢に挑戦し続ける海賊集団だったと思います。


その意思を受け継ぎ、これからも小高野球部は甲子園出場という目標に挑戦し続けていきます。

慎吾、雅治、泰地、敦史、薫、優馬、舞、3年間お疲れ様でした。


そしてありがとう。


また、グラウンドで一緒にベースボールをエンジョイしましょう。


君たちの今後の活躍を期待しています。

〝Enjoy Baseball〟