さわやかな初夏を迎えた。気持ちのよい学校生活を送るためには、まず、挨拶をしっかりして欲しい。あいさつは人間関係の基本。挨拶はされてからするのではなく、自分からするもの。
ところで、4月以降、高速道路の休日1000円乗り放題が話題になっている。国民は待ってましたとばかりに高速へと向かう。ETCは飛ぶように売れ、生産が追いつかない。そして、観光地は久々の好況に沸き、経済活性化への特効薬ともてはやされる声すら聞く。一方、それに伴い、渋滞やフェリー業界への大打撃、さらにはETCを持っている者と持っていない者との不均衡など様々な課題も露呈し始めている。
そうした中、先日、次のような記事を目にした。それは、「みんな高速千円に惑わされている。しかし、それは間違いなく石油消費の増加につながる。昨年の今頃、原油の高騰であれほど騒がれていた省エネや環境問題への関心がここ最近薄れつつあるように思われるのが残念だ」と言うものであった。この記事を書いたのは17歳の広島県の女子高校生。その記事を見て感心した。大人たちはこの政策の功罪を様々に議論しているが、そのほとんどが経済性、利便性、権利の不公平感に関するものばかり。そもそもこれが出てきたのも選挙対策とも…。正直いって環境問題との接点を見た記事はなかった。しかし、この問題の本質をこの高校生は見事に指摘している。おそらく、この高校生が一途に省エネや温暖化のことを考え続けていることと、お金や選挙、景気などにとらわれない純粋な気持ちでこの問題を真摯に見ていることのため、こうした意見が出たのではないかと思う。大人の気がつかない素直な視点を斬新に持っており、実に素晴らしい。
一方、まったく話は変わるが、先日、NHK番組の「クローズアップ現代」で愛知県のある高校生が紹介されていた。愛知県と言えば自動車産業で有名であるが、業界を取り巻く不況の中、父親の経営する部品工場の経営が急激に悪化し、立ち行かなくなった。自宅を売却し、家族は工場内で寝泊りするなど困窮を極めている。それが高校生活にも波及し、部活のユニフォームが買えなくなりやむを得ず退部した。しかし、勉強だけは何としても続けたいとの気持ちから、片道200円の電車通学をやめ、一時間かけて徒歩通学でがんばっているとのこと。社会の歪の中で、本人には何の責任もないのに、こうした厳しい状況の中で、のしかかってくる不安に耐えながら、勉強だけは何としてでもやり遂げたいと言う強い気持ちから、今日も歯を食いしばってがんばっていると思うと、何とか応援したい気持ちになる。
このように全国で高校生が様々に頑張りを見せているが、それを可能にしているのは、すべて心の持ち方だと思う。何かに興味を持ち続ける気持ち、疑問に思うことを素直に表明しようとする気持ち、そして、学びたいという願いを何としても叶えたいという強い心だと思う。
ところで、こうした目で君たちを見たとき、どうだろうか?君たちも決して負けてはいない。君たちの心の内は、必ず行動として外部に現れる。その1つは、3月の芸術成果発表会での書道の様々な作品展示。そこでは君たちの心に最も印象に残る言葉を探し出して作品にしたものが展示されていた。字も素晴らしかったが言葉が非常に印象的だった。いくつか紹介する。
こうした言葉はその人の心を代弁している。気持ちがすさんでいたり、後ろ向きであったり、ひねくれていれば、こんなすばらしい言葉を選ぼうという気持ちは湧いてこない。それを選んだ坂高生がたくさんいることは大変喜ばしい。
先日、2年生の人権・同和教育の講演会で講師の先生が「ここの生徒は素晴らしい。最初の3分でわかった。目の輝きが違う。あんなにいい気持ちで話を聞いてくれたのは久しぶりだ」と大変誉めてくれた。君たちには間違いなく素晴らしいものがある。しかし、それが眠ったままの人、出そうとしない人、出そうと考えることすら面倒と思う人、出ないのは○○のせいに責任転嫁する人も残念ながらいる。ちょっぴりの勇気と少しだけのがんばりでいくらでも成長する。先日、生徒会長の河村君が立会演説で「このままではいけない。自分を変えなくてはならない。きっと変えることができる」と言っていたのが印象的だった。自分を変えるには、行動のモードを少しだけ変え、積極的になればよい。それは簡単なこと。「しようか」「やめよう」か迷ったときは「する」を選べばよい。なんでもないこと。君たちの前向きな取り組みに期待する。