北中ブログ

地域探訪Ⅲ

2020年11月2日 12時09分

 中学1年生は、地域の伝統や文化・歴史についての理解を深めるため、『地域探訪』を行っています。

 今回は、屋島・亀鶴公園・富田茶臼山古墳を巡る、盛りだくさんのコースでした。

 まず行ったのは屋島です。

 登山道は、傾斜が急で、厳しい道のりでしたが、一人も欠けることなく登りきることができました。

 屋嶋城(やしまのき)は、中大兄皇子が、唐・新羅の連合軍進攻に備えて築かせた城です。高松市役所の山元様が、「幻の城」とさえ言われた屋嶋城が平成10年にようやく発見され、発掘調査により実在が証明されたことなどを説明してくださいました。

 談古嶺は、屋島三大展望台の一つです。天気も良く、北中学校まで一望できました。

 ここは、校長先生が説明してくれました。

 源平合戦の史跡を耳にして源氏の武士や平家公達たちを偲び、談古嶺と命名されたようです。

 「那須与一が弓を射たところはどこか」や「源平合戦の戦場の場所がどこか」などの校長先生の質問に答えられる、歴史に詳しい生徒たちもいました。

 近くには「血の池」と呼ばれる池もあります。屋島の檀ノ浦で平家を打ち負かした源氏方がこの池で血のついた刀を洗ったという伝説から「血の池」と呼ばれているのですが、校長先生によると、このあたりの土は本当に赤いみたいです。

 屋島寺前では高松市役所の原様と関様が、屋島の観光振興のため、新たに山上拠点施設を作っていることや「オール屋島」というホームページで情報発信をしていることを説明してくださいました。かつての賑わいを取り戻そうと屋島が動き出していることを知り、生徒たちは、変わりゆく未来の屋島に興味津々なようでした。

 亀鶴公園ではお弁当を食べました。ここでは横穴式の古墳を見学したのですが、なんと、校長先生が以前、生徒たちと一緒に発見した古墳らしいです。


 昼食後は古墳の後はさぬき市歴史民俗資料館を見学しました。

 古代の土器から昭和の洗濯機までさぬき市の歴史がぎゅっと濃縮されているかのようでした。

 あの有名な卑弥呼の鏡も展示されていました。

 また、富田茶臼山古墳も見学しました。道の駅みろくの近くにあるのですが、見逃していた方も多いのではないでしょうか。実は四国最大の前方後円墳です。

 さぬき市教育委員会の山本さんが説明してくださいました。

 前方後円墳はもっとも力の強い豪族に与えられたものであり、大阪府にある仁徳天皇陵もこの形です。なぜこの場所に、このような古墳が作られたかなど、解明されていないことも多いみたいです。

 埴輪の破片を拾いつつ古墳に登りながら、校長先生が古墳の構造などを説明してくださいました。校長先生は富田茶臼山古墳の発掘に携わったことがあるそうです。

 一日の最後に、校長先生は、富田茶臼山古墳の棺の場所を教えてくださいました。しかし、校長先生では開けることができないらしく、それが残念でならないそうです。

 「生徒の中から、将来、富田茶臼山古墳の棺を開けることのできるような優れた研究者が生まれてくれればとても嬉しい。研究者にならないまでも、香川にこれだけ素晴らしい歴史資産があることを知って、大切にできる人になって欲しい」と熱く胸のうちを語ってくれました。